雪下香梅





蝦夷にも、梅は咲く。
ただ、固い蕾を守るかのように遅く咲くのだそうですよ。
ときには桜より遅く、咲くのだとか。
君は、知っていましたか。

君は桜のように華やかに散って逝きましたね。

よく、梅の句をつくっていたそうですね。
人伝ながら、知りました。


梅が好きだったのか、と知ったら何やら可笑しくて。
君の普段の姿は、勇ましく、美しく。
桜のよう、今ではもう懐かしい優しい思い出に変わってしまったのかな。
いえ、今でも鮮やかに君の姿が思い浮かばれます。
私はよく、君に嫉妬すらしていたのに。
君ときたら。


皆の前では、ぶっきらぼうにしか受け答えしてくれぬのに。

ふらりと、時折、私の部屋へとやってきては、ぽそりぽそりと話をしてくれていったものです。
当時の私は、非常に困惑させられもしましたが、なぜか楽しい時間でした。
今、思えば君の気遣いだったのかとも思うのですが。

君は、君で何か思うところがあったのでしょうか。
時折見せる、寂しげな物言いや、儚げな眼差しがひどく、心に残っています。
なにやら、心がざわつくような心地さえして、本当に居心地が悪かったのですが。
君の、その眼差しに惹かれていたせいだと、今ならわかります。
本当に、私は君にはいつも悔しい思いをさせられていたのですよ。
ただ、そんなふうに君も寂しいのだと思ったら、何やら怒りやら悔しさやらはどこかへ、行ってしまって。
自然、私も饒舌になっていたのです。
そうしたら、君は驚くほど穏やかに静かに、私の話を聞いていた。
自分ばかりが、いつのまにやら話していてどこか面映い気持ちになったものです。


不思議なものです。
こんなに、時がたったのに、君を思うと昔のあの時間に
あっという間もなく、引き戻される。


君と蝦夷の梅を見たかったものだと、どこか置き忘れた何かを探すように
今になって思います。


時に梅の咲くころ、遅い春の雪が舞うのだそうですよ。
春の雪に、香り高い梅の花。


やはり、君には梅が似合うのかも知れません。
白い、白い雪に匂いたつ梅こそ。

私の知っていた、君らしい。
どこか、寂しい蝦夷の紅梅。