『不吉』
歳三の選ぶ女は、いつも似たところがある。
それは瞳の色あいだった。
土方歳三と悪所通いを重ねるようになるようになってから、このたいそう年の離れた気はいいが顔に似合わず喧嘩ぱっやい男の口から、噂はよく聞いた。
はじめて歳三に連れられて門をくぐったその田舎道場にその若者はいた。沖田総司である。
なんというか不思議な風貌な年若い男であった。
しかし、歳三から聞いていたふうとは印象が違った。
一瞬、掠めるように伊庭を撫でた視線の色はなんとも言い難い淡さだった。
だがいきなりがらりとその風情が変わって無邪気な笑いがその顔に浮かんだ。
「土方さんっ」
ぱたぱたと駆け寄ってくる。
そして隣にいる伊庭にも会釈する。
だが、あの一瞬の瞳の色あいは・・・。
気がついてしまった、その何かが伊庭八郎の心に一滴の墨を落とした。
だが、また先ほどの淡い光のような視線に伊庭もなにやら心が騒いだ・・・。
したが、おそらく歳三は気がついてはいないような気が伊庭にはした。
そして、この不思議な風情の伊庭よりも年上だというが、態度は余程いとけない若者は、なぜかそれを知っていると思った。
歳三の自分へ向けられた想いも、歳三がそれに気付いてはいないことも。
沖田は、すこし驚いたような顔をして伊庭を見た。
また一瞬だけ、その瞳の色が変わったように伊庭には見えた。
だが、直ぐ土方のほうに何やら話しかけている。
たわいもないよな、ほのかな日常の言葉だった。
歳三が思いだしたように伊庭にも話しかけてきて、そのまま、その一幕は過ぎ去ったようだった。
しかし、伊庭はどこかしら不吉なような、それでいてどうしようもなく惹かれる何かを、このときはじめて知ったのだった。