「薄紅の疵」





いっぺんだって、あなたはわたしの気持ちを知りもしないの
だと、思っていました。だからこそ、わたしはあなたの前で無
邪気なこどものようで、あれたのでしょう。
ぜんぶ、許されていたのでしょう。なのに・・・・。

 
 そう信じていたわたしが、ただのばかなのか。それとも、あ
なたが、今後に及んでわたしに優しい兄とおもわれていたかっ
たから、なのでしょうか。
 わたしがあなたを、親を慕う子のようでも、兄を慕う弟のよ
うでもなく。ましてや男女のあいだに、あるような想いでさえ
きっとなくって・・・。
 ただ、ぜんぶあなたの思うように、すべてあったならばと願
うような執着的で強かな思いで。

 ええ、あなたが望むことはすべてかなえてあげたい。
 ええ、あなたが嫌だと思うことは、すべて失くしてあげる。




 なのに、あなたは。
 わたしが、ほしいといふ・・・。
 わたしの、こころが
      欲しいと言う。




(なぜ、今になって。そんなふうにあなたは思うのでしょう。
私の全ては貴方のもの。
この心の感情のすべても、体だってカケラまでもが貴方のもの
なのに。)



ああ、行灯のほのかに、くらい灯りですら映し出す、くっきり
はっきりと、

 あなたの残した疵、すーっとながく。いまものこってしまっ
ています。あななはあの春に別れを告げにきたのでしょう。

「俺は、おめぇが欲しい・・・」

 惚れ惚れするような感じで似合っていた新しい姿、それで。
じっとあなたを見つめて、見詰めて、みつめてたら・・・。
 
 ただそれだけ・・・・・。


 あなたは、今の私を見て泣きはしなかった。
ただ、からめとるように引き起こされて。
 きつく抱きしめられた。どうしようもない程の餓えに負けた
狼が、エモノに食いつくように。
 腕に、食い込む強さで抱き寄せられて。



「総司、総司っ。そうじろぉ〜・・」
あぁ、泣きじゃくっているの、けどなぜあなたが泣くの。

 唯だんだん、あんまりにこの人が憐れめいてみえてしまって

「ねぇ、歳さん。おれ幸せだったの。若先生がいて歳さんがい
て。山南さんたちがいて。みんなもいて、元気だった。楽しか
ったよ。ねぇ、歳さんがほしいものは、みんなあげたい。
歳さんが嫌いなもんは、みんな壊したよ。

 ねぇ、他になにがほしいの? いいよ、おれのもってるもん
なら何でもあげるから・・・。ね? だから、泣き止んで」

「かわいそな貴方、かわいそうな私。そんなにも・・・。けど良い
の? おれは貴方のことを・・・。そっ」

すがりつく激しさで、口吸いをされ、息ができなくなるような
、酩酊が病の苦しさとは別に襲う。


だが、むちゃな口接に沖田はたえきれずに。こほこほと咳き込
み、ごほりと血を吐いた。
 
 土方のただでさえ白い顔が青みをおびて、俯くのを沖田はや
さしく抱き寄せて。


「だいじょうぶなの。だいじょうぶだから・・・。ね、歳さん
ん、つづけよっか」かつて、土方がよく見た無邪気な、子供の
ように無垢な笑顔だった。


 沖田は、何がうれしいのかにこりと笑っては歳三を見上げた。


「おれの全部、あんたのでしょう歳さん」



 きて、といいたげに病で細くなった腕が土方を呼ぶ。
 その腕は、あまりに細かった。それでも土方はふらふらとひ
きよせられるように沖田のもとへと。


 病人とは思えぬ強さで沖田は土方をひきよせた。

「歳さん、いいよ。ぜんぶ、おれがするからね」

「すき。あなたが好き。だから、あなたはあなたで、いいの」



(そして、この罪はおれがぜんぶ、もってゆくよ)

あなたを愛しています。あなたを抱いた。あなたが私に残した薄紅の花びら、
どこか生きていたいと未練がのこる。

けれど、私は決めました。
貴方と私の罪は、あの世まで。私が花びらにくるんでもってい
きましょう。


私の心に穿たれた花の疵、それが私の死出の友。