ありがとう。 (斉藤) 2006年9月30日(土) 何か、微かの違和感と酷い咽喉の痛みで目がさめた。
無意識に額に手をあてたが・・・。
スイと優美な軌跡を風に残していくトンボ・・・。
えっ、あ、この、状況はなんだ!?
なんとなく笑いをこらえたような顔をした沖田と目があった。
「あっ、目、覚めたんですね? 大丈夫ですか・・・。」
そうか気を失っていたのか・・・。俺は・・・。
「・・・。」
俺はこたえようとしたが、声がひどくかすれて音にならなかった。
沖田はひどく申し訳なさそうな顔をした。
不甲斐無く、倒れたあげく打ち負かされた相手に介抱されていたのだから、もっと悔しがってもよいような気もしたが、かえってこちらが悪いことをしたような明け透けで子供っぽいが、素直な反応だった。
なんとなく、俺はぼんやりと見返してしまった・・・。
そうすると沖田の表情をまじまじと見てしまって、なんとも言えない気持ちになる・・・。
だが、言うべきことがあったはずだと俺は思った。
「あり・・・、が・とう。」
声はかすれたが言葉は伝わったようだ。
すごくおどいたらしいふうに沖田の目がみひらかれたので、わかった。
俺は体を起こして、沖田に向き合うと
もう一度言った。
ありがとう・・・。
俺は沖田と仕合たかったんだ・・・。
秋あかね。(沖田)2006年9月26日(火) | |
……にやり。 苦しさに喘いでいた口唇が、わずかに笑みの形を刻んだ。 それきり。斉藤はくたりと項垂れた。 …あ! 俺は慌てて肩を支えた。 気を失った斉藤は、道場に寝かせた。 頭の下に座布団を敷いて。のどを濡れ手拭いで冷やして。 「沖田、お前すごいやつだ・・・。」 さっきから繰り返し、斉藤の言葉を反芻している。 今までいろんな人に同じことを言われたけれど。 久々に、心底嬉しいと思った。 どんな具合だろう? 濡れ手拭いをめくって見つけてしまったそれに、眉をしかめる。 アザになってる……。 こりゃあ、2、3日は痛いだろうなあ。 「ごめんね。斉藤さん……」 ひとりごちた俺の目の前。 ツーッと、秋あかねが横切る。 そして。トンボは斉藤の額に止まった。 |
すごいヤツ。(斉藤) 2006年9月25日(月) | |
沖田。もう、無理なんじゃないか? 淡々とした其の声は、すんなりと俺の頭の中に、入ってきた。 やっと苦しいと思えるようになった体は、確かに音をあげていたに近い状態だったと思う。 だがしかし、俺は酷くおのが声がかすれているのを自覚しながらも言うしかなかった。 「やらせてくれ・・・。」 じっと心配そうな表情だった、ああ沖田には嘘も裏もないとこの時やはり俺は瞬時に悟りながらも 沖田を見つめていた。 (頼む! 俺はお前と・・・。) 言葉にならない。 ただ、やらせてくれと。 二人の男の困惑が同時に伝わってきた気がした。 だが、その俺自身に認知されてしまった俺の肉体的な痛みは凄まじかった。 思わず、俺は咽に手をおさえてくずおれる様に、しゃがみこんでしまっていた………。 ハッ、としたように沖田の真直ぐな瞳が俺を射たと思った。 そしてヤツは俺を支えようと動いたように見えた。 すべては、あまりに非現実的な現実だった。 なので、俺はくるしい息の中思わず言った。 「沖田、お前すごいやつだ・・・。」 沖田が俺を真しょうめんからいやに真剣に見ているのが、なぜかおかしかった。 そんなだから自分でもわかった、思わず俺は沖田に旧知の友にするようににやりと笑ってしまったのが。 そこで、俺の意識はぷつりと途切れた。 俺はそれでも思っていた・・・。 このままでは終われない。 |
払われた手。(沖田) 2006年9月22日(金) | |
肩に置いた手は、払われてしまった。 辛いのと、悔しいのと。 きっと。両方なんだろう。 同じ突きでも、もう少し、力を緩めれば良かった。 それによって。3度目が払われてしまったとしても。 そして。逆に、俺が決められちゃったとしても。 そのほうが、良かったのかもしれない。 …いや。違う。 手加減するなんて、この人に失礼だ。 この人がどんな気持ちで、今日、ここに来たのか。 苦しそうに肩を上下させる斉藤を見つめながら、彼の心中を思った。 「……沖田。もう、無理なんじゃないか?」 ……永倉さん。 |
置かれた手。 (斉藤)2006年9月21日(木) | |
「1本!」 俺は、それを痛みとして感じることは出来なかった。 本当に息が出来ないという命にかかわる衝撃をくらって、 やはり本能的に咳き込むことしか出来なかった。 (今度こそ、勝つからな。) ぐわんぐわんと、鳴り響くように自分自身の言葉と現実の俺のゴホゴホと咳き込むのが重なっていた。 「大丈夫、ですか・・・?」 コイツ、本当にわかってない。 なんとんなく泣きたくなるような笑いたくなるような気持ちだった。 置かれた手を無意識に払いのけるようにしながら思った。 強さというものが、わかっていないのは俺だったのに。 こいつはきっと本当にわかってない、自分自身のその強さが。 大丈夫かとたずねた声はまっすぐだった。 だから、俺は泣き笑いのようななさけない気持ちになったのだ。 このままでは、終われない。しかし勝機はあるだろうか。 やっと痛みを痛みとして感じれるようになってきた中で、俺は思っていた。 |
三段突き。(沖田)2006年9月20日(水) | |
おお。 やっぱり、この前と同じ、上段で来たか。 踏み出したのは、ほぼ同時だった。 この時のために、俺がどれだけ励んできたか。 見せてやる。 あとはもう、ひたすら無心だった。 得意の三段突き。 1度目は避けられた。 次! 払われた。 まだまだ! よし! 決まった!! 「1本!」 永倉さんの声が響いた。 斉藤は喉許をおさえて、ゴホゴホ咳き込み始めた。 決まると、かなり苦しいはずだ。 夢中だったから、手加減などできなかたった。 さすがにマズかったかなあと、心配になって。 「大丈夫、ですか……?」 そう声をかけると、斉藤の肩に手を置いた。 |
違う・・・。 (斉藤)2006年9月19日(火) | |
沖田の構えはやはり平青眼だった。 ならばと、俺は上段に構える。 (負けませんよ。) 何の迷いもなく澄んだ空の色のように、沖田の声は。 俺の耳をうった・・・。 望むところだ。 弾む心のまま、俺の体は動いた。 同時に沖田は、トンと軽やかに足を踏みだし飛ぶように つっこんできた。 どちらが先に動いたのか、掛け声さえも同時だったのか・・・。 だが、速い・・・。 ちがう・・・。前とはあきらかに違った、はやい・・・。 沖田の突きは鋭かった。 かろうじて飛びのくようによけた。 しかし、体勢を整えようとする暇はなかった。 次が来る。 俺は間合いをつめた、捨て身だった。 そのままはらった・・・。 相討ちか? 沖田の竹刀は確実に俺の咽元をとらえていた・・・。 |
負けないよ!(沖田)2006年9月18日(月) | |
俺が引っ張って行っても、斉藤は抵抗しなかった。 彼も最初から、試合う気満々なんだろう。 道場にいたのは、永倉さんと原田さんと平助の3人。 だれに審判頼もうか。 う〜ん。永倉さんにしよっと。神道無念流だし。 他流試合の場合、全然違う流派の審判のほうがかえって良いかも。 面を被ろうとして。ぼそり、と斉藤が言う。 「…今度こそ、勝つからな」 射抜くような視線を、真っ向から受けて。 「私だって、負けませんよ」 ああ! この高揚感。 待っていたんだ。この時を。 |
不思議。 (斉藤)2006年9月17日(日) | |
沖田のうれしそうとしか言えないような態度と笑みに、俺は実のところ、本気でおどろいていた。 なにせ、沖田は俺から2本とって勝った相手だった。 しかしひた向きな声で俺を呼び止めたのは沖田だった・・・。 そう言えば沖田だった。 思わずのように踏み出した一歩、すると 流れるような、さも当たり前のようなしぐさで沖田は・・・。 「こちらへ」 俺の腕をとった。 腕をひかれるまま道場へ行った。 今日は人が少ないらしかった。 ただ、俺はほとんど呆然としていた。 不思議だった、なぜ沖田に腕をひかれているのか・・・。 ただ沖田は俺と本当に真実、剣をあわせたいと望んでいたのだけはわかった。 なぜ、そんなことがわかるのかさえも不思議なのだが。 ・・・・・・。 沖田の明るい声が響いた。 「斉藤さん、着きましたよ」 俺はやっと自失状態から立ち直ったらしく、あたりを見た。 ん? あれは・・・? 見覚えのある相手が二人と、少年といっていいほど年若いだろう男が一人。 この前の審判男はいなかった。 無言で手をひかれてきた俺を一人は不躾に、一人は苛立たしそうにもう一人はただ不思議そうに、だが皆一様に興味深げに見ていた。 なんとなく居心地が悪かったが・・・。 やっぱり沖田を見るとうれしそうに笑みを浮かべていた。 そしたら、ようやく俺の中にもまた立合えるのだという喜びがわいてきた。 沖田は一瞬、思案げな顔をして 「永倉さん、審判お願いしてもいいですか?」 男はやはり、むっつりしたままだが肯いた。 |
こちらへ。(沖田)2006年9月16日(土) | |
会いたくて。 もう1度、剣を交えたくて。 俺が、どんなに探し回ったか。 ああ! どれから伝えればいいのだろう。 むなしく口を開けたまま、斉藤を見つめるだけ。 そんな俺をどう思ったのか、斉藤も黙ったまま。 やがて。 斉藤が一歩踏み出した。 止まっていた時間が動き出す。 俺は思わず。斉藤の腕をとって。 「こちらへ」 どれほどの言葉よりも、一番確実な方法。 |
はだかの言葉。(沖田)2006年9月16日(土) | |
え? この声って……。 まさか、ねぇ……? 自分の思いつきを疑いつつも。 ふらふら引き寄せられるように、声のする方へと俺の足は向かう。 あ。 ああっ〜〜! やっぱり。斉藤だ!! でも。なんで? なんで。こんなところにいるのさ!? 本人を目の前にしても、俄かには信じられない。 頭ン中、疑問符だらけ。 それでも。 ふつふつと、再会を喜ぶ気持ちが湧き上がってきて。 俺は咳き込むように、名前を呼んだ。 「アンタと試合たくて」 その言葉を聴いた瞬間。 今朝から額のあたりをチリチリと焦がしていた痛みが、スーッと引いていった。 「私も、私も。ずっとそう思っていました…」 偽りのない、俺の、はだかの言葉。 どれだけ、あなたに会いたかったか。 余すことなく、あなたに伝えたいよ。 伝えたい。 |
再会の衝撃! (斉藤)2006年9月14日(木) | |
せんに訪ねたときと同じく、俺は声をはりあげた。 「たのもう〜〜!!」語気は自然たかまる気持ちにつられ、心持ち張り上げたかのように、俺自身の耳にさえ届いた。 ………。 あっ、沖田だった。 だが俺を驚かせたのは沖田に出迎えられたことではない。 沖田は、華やかとしかいいようが無いような笑顔を、俺を見た途端に浮かべた・・・。 だが次の瞬間、すこし翳りのある表情になった・・・。 しかし「あぁ、あなた来てくれたんですね!? さ、斉藤・・さん・・・。」 はにかむような笑みを浮かべ、沖田は俺をみて言った。 なぜか随分と、前にあったときとは印象が・・・? 俺は、思わず「あぁ・・・。アンタと試合たくて」 沖田の変化は劇的だった。 それはそれは、華やかに笑った。 そして「私も、私も。ずっとそう思っていました・・・」 俺はたじろいだ、あまりに俺の知っていた沖田と今、沖田のうかべた笑みが結びつかなかったから。 だが、何か言わねばならぬと思いつつ。 咽に言葉がはりついているかのように、俺は何も言えず・・・。 沖田を眺めていた。 |
はずむ足取り。(斉藤)2006年9月13日(水) | |
俺は意気揚々と試衛館道場へ向かっている。 沖田は俺を覚えていないかもしれない、とふと気が付いた・・・。 したが、それでも構わないというような気がしているのが不思議だ。 また、あの美しく激しい剣捌きをと思うだけで俺は嬉しかった。 あの日の負けの悔しさよりも、またあの天才というより他はないであろう沖田とまみえる事ができるであろうという昂揚が俺の足取りを軽くする。 空を見上げれば、高く澄んだ秋の色だった。 ああ、はやくはやくと心が急く・・・。 沖田・・・。 |
トゲトゲ。(沖田)2006年9月12日(火) | |
最近じゃあ、周斎先生が道場に立たれることは滅多にない。 若先生の襲名はまだ先だけど、道場のことはまかせっきりで、ご自分は楽隠居を決め込んでいるみたい。 それだけ、若先生を頼もしく思っていらっしゃるんだろう。 さっすが、若先生! そんな大先生が珍しく。 今日は。しばらくの間、門弟の稽古をご覧になっていた。 稽古後、井戸端で汗を拭いていると。 縁側から、大先生が俺を呼んだ。 言われるままに、先生の居室に入る。 なんか。ここ来るの、久々かも。 …なんて、ちょっとだけ緊張していたら。 先生は、おもむろに。 「しばらく見んうちに、変わったな」 とおっしゃった。 やっぱり? 最近は。前にも増して、リキ入れて稽古しているからなあ。 えへへ。 「鋭くなった」 俺をじっと見つめる先生の眼。 昔の、バリバリ現役だった頃のような。 「だがな。それは、お前が強くなったからではないよ。何があったのか知らんが。身の内の棘が、剣に出ておるだけだ」 額のあたりが、ズキズキ痛みだした。 ああ。思い上がってたんだなあ。 みっともないなあ。俺……。 |
思い立ったが吉日。(斉藤) 2006年9月12日(火) | |
あの胸のやける様な悔しさは日に日に、落ち着いていたが。 あざやか過ぎるほどに鮮烈なあの沖田の姿は・・・。 忘れようにも忘れられる筈も無い。 俺も見たかったと、昨日は心底思った。 そしてやはり立会いたいものだと、おもう。 ただ俺は、あまりに馴染むように沖田の剣すじもその張りつめた気合も、興味深げに俺を見た明るい色の瞳さえも、鮮明に覚えていた。 それがなぜだか、すこし俺を落ち着かなくさせている。 だが、会いたいと思った。 そしてまた思う存分、仕合ってみたい・・・。 ふむ、もう二度と行くまいと思ったが・・・。 なぜか俺は市ヶ谷に行く気になった。 「勝ちたい」という気持ちですら、もうないような気もしたが。 また剣をあわせてみたいと思った。 理由はそれで十分だろう。 俺は何か爽快な気持ちになった。 思い立ったが吉日、自然に俺の心は高揚した。 |
こんなんじゃ。(沖田) 2006年9月11日(月) | |
今日も、”ハズレ”だった。 府内にある無外流の道場は、ひととおり廻ったというのに。 ああ、もう!! なんで、いないのさ!? まさかとは思うけど。 あの人、本当は無外流じゃなかったりして。 …いやいや。そんなはずは無い。 斉藤が嘘をつくはずがない。 あの、ひたむきで、まっすぐな。 あんな剣筋の男は、嘘をつかない。 だったら。 なんで、会えないんだろう? もしかして。俺、避けられてる? ……が〜〜ん。 「…うわっ!!」 しこたま面を撃たれて、我に返った。 「おいおい。どうしたの、沖田」 平助が不思議そうに俺を見ている。 「心、ここにあらずだな」 若先生の不満げな声に。 「…すみません……」 俺は深く頭を下げると、木刀を構えなおす。 こんなんじゃあ、駄目だ。 こんなんじゃ……。 |
来た、きた、キタ〜。(斉藤)2006年11日(月) | |
らしい・・・・・・。 ・・・。 ・・・・・・。 今日、道場は騒がしかった。 あの沖田がとうとうウチにもやってきたという話でもちきりだった・・・。のだ。 そうか、沖田が道場破りをしまくっているという噂はほんとうだったのか? 何か解せないが。ちょうど沖田と立合ったこともある本間もいなかったというので、話がわからんのだが・・・。 礼儀正しく、しかしアッサリと我が道場の師範代から2本とって帰っていったらしい・・・。 なんとなく、その光景が目に浮かぶようで。 朋輩どもの話を素知らぬふりで、聞きながら思わず口元がゆるんだ。 |
ハズレ。(沖田)2006年9月9日(土) | |
また”ハズレ”だった。 なかなかウマくはいかないもんだな。 斉藤を探し始めてから、今日で3日め。 1日に廻れるのは、せいぜい1つか2つといったろころ。 限られた自由時間を使ってのことだから、しょうがないんだけど。 もちろん。稽古も怠けてはいない。 むしろ。いつにも増して、俺は真剣にやっている。 斉藤と試合うのに、鈍った腕じゃあ駄目だ。 きっと、あの人。 この前よりも、強くなっているだろうから。 俺も。万全の力で、臨みたい。 ああ。もう帰らなくちゃ。 明日こそは、斉藤に会えるかなあ。 ううん。きっと、会える。 |
風のうわさ。(斉藤)2006年9月8日(金) | |
「そりゃ、なんだ? 女でも出来たか」 ・・・・・・。 なんだと。 本間は「おおかた蚊に喰われたんだろうがな」と 俺の首元をさして 笑いながら言う。 どことはなしに、悔しいのでいっそのこと、本気で「ああ、そうだ」 とでも言ってやろうかと思ったが、黙っていた。 そんなことを言えば、余計この男にからかいのネタを提供するようなものだ・・・。 で、何だ? コイツは人をからかうのが趣味なのかというところもあったが、何やら言いたいことがあるというのは、長い付き合いでわかった。 無言で促すように本間のほうへ目線をやると 「なァ、山口これは噂なんだがな、あの沖田が道場荒らし、あ、いや道場破りをやってるらしいぜ。ソノウチ奴さん、ここへも来るかもなあ」 ニカリと笑って、やつはそう言った。 |
うろこ雲。(沖田)2006年9月7日(木) | |
陽射しは相変わらず強いが、空気はカラッと乾いている。 眩しさに目を細めて見上げた空にはうろこ雲。 もくもくとあんなに元気だった入道雲は、いったいどこへ行ったのか。 気付けば。夏も、もう終わりだ。 内弟子の俺は、稽古の他にもいろいろと雑用をしなきゃならない。 それらもろもろをテキパキこなして。 さあ、終わった!と、試衛館を飛び出した。 こっそり歳さんから仕入れた情報によれば。 江戸府内には、無外流の道場はいくつかあるそうな。 歳さんはあちこちの道場に薬を売り歩いているから、こういうことには明るい。 まずは。 ウチに一番近い道場から攻めてみよう! |
痒い。(斉藤) 2006年9月6日(水) | |
昨晩、風流にも虫の音なぞという話をしていたのが祟ったのか。 あちこちを蚊に喰われた。 まだまだ夏は終わらんなと、丸くなった月を見上げて 俺は苦笑した。 道場から帰る道すがらである。 やはり俺は胸中思うところがあるのだが、兄上に相談することでもなければ、悪友達に話すようなことでもない。 父上にはもってのほかだ。 俺は自然、沖田の動きをなぞるように思い出してしまう。 「無外流を極めよ」か・・・。 しかし、迷いがあるのか俺の剣すじは本間あたりに言われなくとも自覚してしまうほどに変わってしまった気さえする。 あれほど悔しい思いをしておきながら、俺はやはり沖田と立会いたいと願っていると、つくづく思う。 悪友連中が悪ふざけのように、からかってくるのも道理か。 したが、それにしても痒いな・・・。 |
思い立ったが。(沖田)2006年9月5日(火) | |
そうだよ! 自分から、会いに行けばいいんだよ。 なんで。こんな簡単なことに気付かなかったんだろう。俺。 会いたい。 もう一度、手合わせしたい。 その思いだけに凝り固まっていて。 じゃあ、どうすれば良いのか。 ちいっとも考えていなかった。 馬っ鹿だなあ〜〜。俺。 よし!! 思い立ったが吉日。 今日から早速、探してみよう。 手掛かりは、流派が無外流ということ。 そして。「斉藤一」という名前だけ。 これだけ分かっていれば、何とかなるだろ。 |
秋風に。(斉藤)2006年9月4日(月) | |
兄は随分と俺とは気性が違う。実直だが穏やかな風体である。 「一、父上の言葉は正しい。だがお前がお前の道を見つけたのなら、私はやはりお前が悩むことはないのだと思っている。」 「ばれていましたか、兄上」 兄はすこし困ったように笑って 「お前には才がありすぎる、父上の厳しさもそれゆえであろう・・・。 したが一、近頃のお前は一心不乱というていだ・・・。」 すいと兄上は目を細められた。 「見つけたのだな」 ・・・・。 「いえ、まだわからないのです。」 それきり無言となった二人はただ静かにぽそぽそと、あたりさわりなく話した。 兄なりの気遣いと知りつつも、山口一はよわっていた・・・。 そんなにも今の俺はとらわれているのかと。 ただ、秋風と虫の声を聞きながらも。 躍動し弾むようだった沖田の足捌きを、その秋のもの悲しい気配さえ輝かせてしまうほど、目を瞑っていても聞いてしまうのだった。 |
どこで?(沖田)2006年9月3日(日) | |
「と、歳さんっ。斉藤に会ったの!?」 俺は、ガバッと身を起こす。 「お、おう。会ったよ」 「ど、どこで? どこで会ったのさ!」 鼻白む歳さんの肩を掴んで、揺さぶる。 「や…やめろ。宗次。気持ち悪……」 口を押さえる歳さんの顔は真っ青だ。 ヤバ。お願いだから、ここで吐かないで! 座り込んだ歳さんが落ち着くのを、俺も隣に座って根気良く待つ。 「……で。どこで、会ったのです?」 「岡場所」 「…って、あの岡場所?」 「他に岡場所があるのか?」 歳さんにギロッと睨まれた。 斉藤が色町にだなんて、似合わない。 …いや。俺の勝手な思い込みなんだけど。 「いやさぁ。俺は吉原のほうが良かったんだけどよ。伊庭がたまには河岸を変えてみよう、とか言うからさ」 歳さんのたわ言は、俺の耳には入らない。 ただ俺は、斉藤のことを考えている。 そういう所に行けば、彼に会えるのか……。 「おい。宗次。お前、変なこと考えていねぇだろうな?」 「な、何?」 「色町に行けば、奴さんに会えるかも、とか」 「う……」 見抜かれていた。 「あいつ。ああいう場所には慣れていないようだった。完璧、浮いていた。おおかた、友達に無理矢理連れて行かれたんだろうよ。だから。行っても無駄さ」 そんな……。 「なぁ。宗次郎。お前、そんなに斉藤に会いたいのか?」 歳さんがまっすぐ俺を見つめてくる。 「うん。会いたい」 俺は俯いてしまう。 そんな俺の頭を、歳さんはクシャクシャ撫でて。 「…なら。お前もやればいいじゃんか。道場破り」 ニカッと笑う歳さんの顔を、俺は呆然と見た。 |
欲しいもの。 (斉藤)2006年9月1日(金) | |
ちかごろ、俺は本間あたりからからかいまじりに「斉藤」と呼ばれている。 沖田との不甲斐無かった顛末をしつこく聞かれたせいだ。 なので、うっかり馴染んできてしまった。 よく何を考えているかわからない、なぞと言われる俺だが。 弱点は酒だ。その不名誉なあだ名で呼ばれ慣れてしまっているのも 酒好きの俺が、酔いにまかせて洗いざらい話してしまったせいだ。 それに、沖田のことばかり考えているらしい俺は。良いからかいネタらしい。 昨日もそれで飲みすぎたのだが・・・。 「斉藤〜っ」 違うだろうが!! 怒る気もしない。 それに、よく懲りないものだと思うほど。 話しかけてくるものだ・・・。 「よう、具合はどうだ?」 へらへら笑っている。 「すまなかったな」 と俺が憮然として言うと、やつは笑いころげた。 「何、かまわんぜ、どうやら山口には女より欲しいものでもあるんだろうさ」 なぜか、この言葉にはムッとした。 理由はわからない。 どういう意味だ? 「強くなりたい」それはみなが持ってしかるべき思いではないのか。 本間は言った。 「昨日も斉藤さんの頭ん中は奴さんで、いっぱいだったのさ」 つうと二日酔いなぞせぬ俺の頭が痛くなった。 思わず、眉をしかめたら。 目の前の男はさらにおかしげに、のたまった。 「気をつけろよ、危ないぜ」イヒヒ・・・。 だから、どういう意味だ? |
酔っ払い。(沖田)2006年9月1日(金) | |
朝稽古前に、道場を雑巾掛けしていると。 歳さんがひょいっと現れた。 ま〜た。歳さん、朝帰りかぁ! 「よ! 宗次、お早うさん」 うわ。酒臭い!! もう慣れっこだけどさ。 あんまり良い気分はしない。 だって。俺が一生懸命こうして働いているところへ、のうのうとさぁ。 まったく、お気楽で羨ましいよ。歳さんは。 「ちょっと。そこ邪魔。どいて下さいよ」 「へへへ」 俺が邪険に追い払っても、歳さんは相変わらずの上機嫌。 「若旦那と一緒だったの?」 「おうよ! あいつは金払いがいいからな」 なに。たかっているの? この人。 自分のほうが年上なのに。 でも、若旦那は心形刀流の御曹司だから、確かに小遣いたっくさんもらっているんだろうな。 ……羨ましい。 そう思ってしまった自分が嫌で。 俺は黙々と掃除を続ける。 「あ。そうだ。あいつに会ったぞ」 「………」 「ほら。このまえのヤツ。……斉藤? だったけか」 …え? |