平助。(沖田) 2007年1月31日(水)

「よ。沖田」
道場をひょっこり覗き込んだ平助が、軽く手を上げる。

なんか、顔見るの、久しぶりかも……。

「どうしんたんだ。最近、ちっとも寄り付かなかったけど」
「ん。まあね……。しばらく、あっちに行っていたから」

ああ。北辰一刀流のほうね。

「……あれ?」
平助はきょろきょろ見回して、首を傾げる。

「あいつ、来ていないのか?」
「あいつ……?」

俺はわざと分からないふりをする。
そんなことしても、何もいいことなんかないのに。

「あの、斉藤とかいうヤツだよ」

……ほら。

「うん。来ていない」
「ふうん。ま。別にいいけど」

斉藤とかいうヤツも、山口って名のヤツも。
ここにはいないよ。


「な。たまには一緒にやろうか」
「お。いいね〜〜」

俺の誘いに、平助がニヤリと笑う。

「今日こそは、俺が勝つからな。沖田」
「へえ! ちょっとは、向こうで腕を上げてきたのかな。平助くん?」
「言ったな!!」


負けん気の強さは相変わらずだ。



我武者羅。 2007年1月29日(月)

裂帛の掛け声と打ち合う音。


道場にいるときだけだ、今俺がすべてを忘れていられるのは。

疲れ果ててしまわねば、俺は。


俺はこんなに心が弱かったのか。

弱かったのか。


きりりとして澄んだ冬の空を見上げながら、思う。

お前に会いたい、ただ会いたい。


稽古でふらふらになった俺は、道場を出た途端ぶったおれた。


本間らの呼び声が一瞬きこえたが、空を見上げてただ、そう思った。


「大丈夫だ、立てる」

「山口、無理はするな」


「大丈夫だ、わかっているんだ・・・。すまない、今は」
そういうと、俺は立ち上がって友の顔も見ずに歩きだした・・・。





平常心。(沖田) 2007年1月28日(日)

早朝の道場の空気が、昔から好きだった。
はりつめていて、清冽で。
ほんのわずかな物音でさえも、大きく響くような静けさがあって。

誰よりも早く道場に入って板敷きを拭き清めるのが、俺の毎朝の日課。
掃除が終わった頃、他のみんなが道場に集まり、稽古が始まるのだ。


今朝はいつもより早く起きて、すでに掃除を終えてしまった。

俺は1つ深呼吸すると、木刀を構えて前を見据える。
俺の前に立っているのは、誰でもない。
俺自身だ。


今は、ただ無心に。
さざめく胸を、平らかに鎮めるために。

己れに向かって、木刀を振り下ろした。



嘘と真と。(斉藤) 2007年1月27日(土)

「一さん、あなたが大切な方に嘘をつかれていたら、どう思います? よっくお考えなさい」


幼いころ、姉にたしなめなれたのだ。


俺は、幼馴染とささいないき違いで大喧嘩をした。

俺は嘘をついたつもりは無かった、ただ言わなかっただけ・・・。


だが、言葉が足りなかったのだ。


しかし、今度のは本当に嘘をついたんだ。



いきなり思い出した幼き日の思いで・・・。


俺はいっとう大切なひとを、恐らく傷つけた。

沖田は俺を許してくれるだろうか・・・。


・・・、幼友達のアイツはいつのまにやら友に戻っていた・・・。


山口、お前は真直ぐだ・・・。


なぁ? じゃあ、なぜ俺は沖田に謝れにいけないんだ?


よくお考えなさい。一さん・・・。


姉上、本間・・・。


俺は沖田に、心の底から詫びたい。
たとえ、沖田が俺をゆるさなくても……。



もう、いい。(沖田) 2007年1月25日(木)

「はァ!? なんだ、それ」

笑い顔のままの歳さんに、俺は苛つく。

「だから。”斉藤”ってのは、偽名だったんだよ。つまり、ずっと嘘ついていたわけ!」

「………」

歳さんの顔が固まった。
俺の言葉を反芻しているらしい。

「……なんだ。それ」

台詞はおんなじだけど、声はうんと低い。
ほらね。とてもじゃないけど、平静に聞ける内容じゃないでしょう。

「おい。どういうことなんだ、宗次。ちゃんと説明しろ」

アイツのことなんか、これ以上考えたくなかったはずなのに。
歳さんの怒気を孕んだ声に誘われるように、俺は経緯を話して聞かせた。


「そんな馬鹿げた真似をする理由って、なんなんだ。いったい」

「さあ…ね。単純な話らしいけど?」

アイツにとっちゃあ、ね。

「でも。もう、いいんだ」

「いい、って?」

「きっと、アイツ。2度とここには来ないよ。だから。もう、会うことはない」


そう。もう、いいんだ。
関係ない。

どこの道場に行っていて、どこに住んでいるのかとか。
俺は、アイツのことは、なんにも知らない。
”斉藤”って名前だって、偽物だったんだから。


「……そうか」

歳さんはそれだけ言うと、部屋から出て行った。



相変わらず、聡いやつ。(斉藤) 2007年1月23日(火)

稽古帰りに本間に呼びとめられた・・・。

「やっまぐち〜、久しぶりにつきあえよ」くいと片手で猪口をあげる仕種をする。

……、そんな気持ちにはなれない。


俺はあの日以来、道場に立つとき以外は沖田の顔が離れない・・・、離れなかった。
だから、自然俺は一心不乱に稽古に打ち込んでいた。

「なぁ、山口つきあえよ。」

「・・・、すまん今宵はやめておく」


本間は俺の顔をのぞきこむ。

「そっか、なら良いんだ。だがな俺はお前が気に入っているんだ。たまには人を頼れよ・・・。なっ」


ぽん、と俺の肩を一叩きする。

「言いたくなったら、いつでも聞くぜ。お前さんは不器用な莫迦モノだし」

思わず、俺はこの聡い友の言葉になぜか胸が熱くなった。


そして苦い溜め息がもれる・・・。

「なぁ本間、俺は剣のことしか心に無い男だったなあ。人の心の機微にうとくて・・・。」


「いいや、お前は良い奴さ。ただ、すこしばっかりバカなのよ、斉藤一くん」ちゃかして本間は笑うとまた俺の肩をぽんぽんと、叩いて去っていった。


「山口、忘れんな。お前は真直ぐで良いやつだぜ」そう去りぎわに、一言。

心憎いやつだ、俺は情けないが思わず本間が去ってから拳を握り締めうつむいた、うつむいた・・・。


友の気遣いが、やけに胸に痛かった。




滑稽話。(沖田) 2007年1月23日(火)

どんなに苦しくても、眠れるもんなんだなあ……。

いつのまにか、眠ってしまったらしい。
寒さに眼を覚ました俺は、妙な感慨にふけっていた。

胸までずれた布団を首まで引き上げる。

だけど。相変わらず、苦しい。
ちっとも、楽になってなんかいやしない。

今はもう。アイツのことなんか、何も考えたくなかった。


どれくらい経ったのか。
歳さんが、部屋に入ってきた。

眼には入らなくても、背中に感じる気配で分かる。
俺は寝たふりをして。
歳さんも、だんまりだったけど。

しばらくして。

「おい。宗次。なに、ふて寝してんだ」

からかい声を、俺は無視する。

「斉藤のヤツ。やっぱり、菓子嫌いだったろう。ほれ。言わんこっちゃない。あんなのばかり好んで食べるのは、お前くらいなんだよ」

昨日、帰ってきてから俺の様子が変なの、歳さん、ちゃんと気づいていたんだ。
勝手に勘違いをしているけど。
その思い込みが、少し可笑しかった。

くすくす……。

肩を震わせた俺の背中を、歳さんがポンポン叩く。
なんか、あやされているみたいだ。

「あいつには、酒のほうがいいぜ」

歳さんが笑う。

違う。違うんだよ。歳さん。
そんなのよりも、もっと滑稽なんだから。


「……歳さん。アイツ、アイツねえ。本当は、”山口”って名前なんだってさ」

ねえ。笑える話でしょ?



嘘つき。(沖田) 2007年1月22日(月)

丸一日、考えた。
他のことは、俺の頭の中にはなかった。
1つのことをこんなに考えつづけるのは、初めてかもしれない。

身体の調子があんまり良くないと嘘を言って、稽古はサボってしまった。
そして、ほとんどの時間、布団の中にいた。

ぐるぐるぐるぐる。

昨日のアイツの言葉が、俺の中をまわっている。
何周しても、やっぱり分からない。
答えは、あるのだろうか?


身体の置き所がなくて、仰向けになる。
天井の古い染みが眼に入る。

力が入らない。
それでいて、身体全体が緊張している。

「……疲れた………」

無意識に、呟きが漏れた。
突如。


アイツは、俺にずっと嘘をついていたんだ。


俺の中に、すぽんと嵌まったそれは。
胸を締め付ける。
痛い。苦しい。

本当は。昨日、アイツが言った時にはもう分かっていたんだ。
ただ、認めたくなかったんだ。俺は。


「嘘つき……」

寝返りを打ち、横向きになる。

鼻の奥が、つーんと痛かった。



子供染み。(斉藤) 2007年1月22日(月)

俺は沖田の態度すべてが、身に沁みてこたえた。


もう二度と門をたたくまいと思った試衛館道場・・・。

だが、この道場は居心地がよかった。気の良い男たち、活気に満ちた稽古。そしてなにより沖田という無二の男。


そう、ほんとうにわけなど単純だった。


愚かな意地を張ったものだ、俺もたいがい子供じみている。
悔しさで頭がいっぱいだった、あの時。

そうだ、あのときに沖田の剣に魅せられ俺の中の何かも変わった。


そうあれは陽射しがあたりを焦がすような暑い暑い夏の日、だった。

楽しげに輝く黒めがちの目、そして凄まじいまでの気合とかけ声……。
思い出すだに、やはり心が高揚する・・・。


しだが、過日の沖田は何も俺に言わせようとはしなかった。


「ただ俺が意地を張っただけだ・・・、すまなかった」と何度も口から言葉が出かけたが・・・、沖田は・・・。


本当にすまない、沖田。


だが、俺は人としても剣士としてもお前が好きだ。お前が、好きだ。




分からない。(沖田) 2007年1月21日(日)

……よく、分からなかった。


斉藤の名は、”山口”で。
”斉藤”は偽名だという。

それがどういうことなのか。
よく分からない。


訳は単純だという。

いったい。何が、単純なんだろう。
俺は、こんなにも混乱しているというのに。


もう、何がなんだか分からなくて。
だけど、ここには居たくないという気持ちだけは、確かにあって。

だから。帰ろうと促した斉藤に、俺はうなづいた。
斉藤が何か言いたげだったけど、今は何も聞きたくなかった。


帰ったあと、俺は何度も反芻する。

斉藤の名は、”山口”。
”斉藤”は、偽名。

何度、繰り返しても、やっぱり分からない。

「いづれ話す」と斉藤は言っていた。
それを聞けば、何か分かることがあるのだろうか。


ああ……。違う。
”斉藤”じゃないんだ。


腹の底から息を吐き出して。
俺は、膝がしらに頭を埋めた。



山口。(斉藤) 2007年1月20日(土)


「沖田、紹介する、一緒にきてくれ。俺の通う道場の連中だ」

そう言って、俺は歩きだした。


俺はいつものていを装って、やつらの前に沖田をつれていく。


沖田がどこかぼおっと、俺を見ている。

「山口、よぉ」そちらはというふうに、二人は見ている。


「こちらは、沖田宗次郎殿だ。俺の友だ・・・。」


「沖田、こっちの二人は滝川一之進、勝田久助。」


はぁ、という感じで互いに三人は見合って挨拶する。

あ、という感じでふたりは沖田を眺める、沖田の勇名は田舎道場ながらとどろいていたし、道場破りにきたくらいだから顔は見知っていたのかもしれない・・・。

こそこそと、態度が変わって。

それじゃあな、と俺に言い、沖田にはあたりさわりなく言って帰ってゆく・・・。


複雑な表情で沖田は「で、山口って」


「俺の名だ。すまなかった、斉藤は偽名なんだ。わけは・・・、単純なんだ。だから、いづれ話す。」


今はとりあえず、帰ろうと目で促した。


・・・。

すまない、沖田。

気まずいままだったが、それでも沖田は微かにうなずいてくれた。




……う゛。(斉藤) 2007年1月19日(金)

まずいぞ、これは・・・。

俺は一瞬、頭が真っ白になった。


われながら、とんでもなく心中慌てたのだ・・・。


それで出た自分の声がこれ。
あんまりだ、と思ったが。


観念するしかない気がする。


手をふる奴らに向かって、俺は軽く会釈する。

そして、沖田の腕をひく・・・。


さぁ、ここからが正念場だ。



んん??(沖田) 2007年1月17日(水)

言ってから、気付いた。
今の俺の言い方、ツンケンしていたな。
苛ついていたのは、事実なんだけど。

「申し訳ない……」

そこまでして謝ることもないんだよね。
でも。そうさせているのは、俺なんだよなあ。

俺は自分の態度を反省して、やわらかめに言う。

「本当、気にしていないから。な?」
「そ、そうか……」
「うん。それよりもさ。どこに行こうとしていたの?」
「…い、いや……」

斉藤は道の先を見て、指を指す。
だけど。指は、中途半端な高さで止められた。


「…う゛」

”あ”とも”う”ともつかない、奇妙な声を斉藤は上げた。


「あれ!? 山口じゃないか!」

前のほうにいる2人連れの男が、こっちに向かって手を振っている。

あの人たち。どう見ても、斉藤を見ているよな……?


”山口”って、誰?

んん………???




イライラ。(沖田) 2007年1月17日(水)

俺の腕をとった斉藤は、ズンズン歩いていく。
どこに連れて行かれるのか分からないまま。
”なすがまま”状態の俺。
なのに、斉藤は気にする風もない。

…ていうか。もしや、俺の存在、忘れているんじゃないだろうな。
アヤシイ……。


ちょっと苛立ってきた俺は、試しに立ち止まってみた。
腕がグイッと引っ張られた感触に、ようやく斉藤のヤツが振り返る。

一瞬、きょとんとした顔。
やっぱり。ずっと俺の腕を引いていたことを忘れていたんだな。

「…す、すまぬ」

少し慌てた様子で、頭を下げる。
それから。遅れて、腕を掴んでいた手を離す。

「いいよ。別に」



挙動不審。(斉藤) 2007年1月14日(日)

「…あ」という間の抜けた声が思わずもれた。


思わず沖田の腕をひいていた。このまま行くと通い慣れた道場への道へ出る、非常にマズイ・・・。



俺は、相当に浮かれているらしい。そんなことに今更ながら気付いていた。

しだが・・・。往来を歩くだけでも知りあいの誰ぞに。


ええい、ままよ。と腹をくくれれば、良かったのだが・・・。


その後の俺は、気もそぞろだった。

沖田はさぞ不審に思ったに違いない・・・。



予想外の。(沖田) 2007年1月12日(金)

やっぱり。
お菓子は、あんまり好きじゃなかったらしい。

ちょっと、がっかり。
俺の好きなものを斉藤も好きだったら、いいなあ……なんて、思っていたんだけど。


でも!!
「どっか行かないか?」って誘われたのは、予想外で。
嬉しかった。うん。

思えば。
今まで、道場や縁側や俺の部屋(…といっても源さんたちも一緒なんだけど)とかでしか会っていなかった。
こうやって外出するのって、初めてだ。


行きたい場所がある訳じゃないけど。
ただ並んで、ぶらぶらするだけでも、楽しい。
しゃべりどおしでもなくて。
でも、沈黙が居心地悪くもなくて。


「…あ」

斉藤が急に何かを思い出したような声を上げたのは、ちょうど辻にさしかかった時だった。
角を曲がろうとした俺の腕をとると、くるりと方向転換。

「なに。どうしたの?」
「……いや。何でもない」

微妙に視線を逸らしているし。

斉藤。
お前も、なんか変だよ。




優しい時間。(斉藤) 2007年1月12日(金)

普段の沖田は、その心が素通しかと思うほど感情表現が豊かだ。


道場に一歩たてば、全く隙の無いやつなのに。

だが・・・。


俺は今、沖田の気持ちが、なぜかわからない。

どこか妙だった。


ただ、なぜか沖田と過ごす時間は穏やかでやさしい。
俺の沖田への気持ちのせいなのか、とも思うが・・・。やはりそれだけでは無いような。


何かがたとえ変わってしまっても、きっとずっと沖田とならそんな時間を過ごせるような、どうしてだが俺はそう思った。



ふわり、ふわり。(沖田) 2007年1月11日(木)

もう、そろそろ。か、なあ……。

松が取れたころ。
俺は急に、そわそわしだした。
今日こそは、明日こそはと、数日過ぎ。


斉藤の顔を見たとき。
どんなに心待ちにしていたのか、俺は一瞬で悟った。

ほころんだように、斉藤が笑む。


ふわり。

斉藤に会って、いったん着地した俺の心が。
今、また。
さっきよりも高いところに、浮いているみたいだ。


……変なの。俺。






お互い様。(斉藤) 2007年1月10日(水)
松七日も過ぎて、なんとか日常も戻りかけ。

というところだ・・・。さて、どうするか?


と、そこまで思いいたって沖田の正月に思いはせてみるおのれがいた。


さぞや、あの道場なら騒がしく、それでいて和気藹々だったにちがいない。
そこまで思い到って、なにやら自然こころ和む自身がおかしい・・・。


そういえば、疲れた正月に母のあつらえてくれた粥はかくべつ身にしみた。


だが、沖田の〜いっそのこと、ここに居座っちゃいなよ。〜 は魅力的な言葉だな、と今の俺は思う。


知らぬうちに俺はまた、あの騒々しいような道場に足を向けていた。

「斉藤〜っ!!」挨拶もしないウチから沖田が呼びかけてきた。
さも、うれしげに。なんという間のよさ・・、したが次の瞬間、沖田の表情を見てわかった。

まっていたのだ、たぶん俺を。

それだけで、なぜか心がふんわりと温かくなった。


ただ、菓子攻撃はやめてほしい。

切実にそう思う俺だった。

「なァ、沖田。せっかくの正月だ、どっか行かないか?」

沖田は束の間、きょとんとしたが。
くったく無く笑い・・・。「えへへ、それもいいね」と答える・・・。

「菓子はイヤだぞ」というと、「えぇ〜、せっかくなのに」

「なんなら、俺がおごるぞ」というと沖田は困った顔して
「斉藤とだから、いっしょに食べたいんだよ」と。

俺はガラにも無く、赤面した、、。が「ふふっ、俺はお前と一緒なら、それでいいんだがな」と負け惜しみのように呟いた。

沖田にもきこえたのか、沖田の頬が心なしか赤くなった。

ただ、それだけで俺はなぜかひどく上機嫌になった。我ながら現金なものだと、思いながら。

こんな男だから、ひどく甘すぎる菓子にも耐えられる。



お年玉。(沖田) 2007年1月8日(月)

大先生にお年玉をいただいた。

ときたま、大先生や若先生に、そんなに多くはないんだけど、お小遣いもいただいている。
内弟子の俺に、ここまでしてくれるんだから、有り難いなあ……。
それに。本っ当に、ときたまなんだけど、歳さんもくれるんだ。

お小遣いをもらうと、俺はすぐ近所のお菓子屋にすっとんで行く。
だから、ぜんぜん貯まらない。
歳さんは、「我慢して貯めて、もっとでっかいもの買えよ」って言うんだけど。
どうしても我慢できずに、すぐお菓子に化けちゃうんだよね。
これっばかりは、しようがないんだ。


しようがないといえばさ。
あの日、伊庭の若旦那が来たあと。
どっちが誘ったのか、2人して吉原へと繰り出して行った。

よく分からないけど、吉原って”高い”んじゃ?
歳さん、お金大丈夫なのかね。
もしかして。あの年になっても、まだお年玉もらっていたりして。
…くふふ!


手の中のお金を、俺は握り締める。
何に、使おうかなあ。
やっぱり、お菓子が良いかなあ。
いつもより、奮発ちゃったりしてね!!

あ。そうだ!
斉藤にもお菓子分けてあげて、一緒に食べよう。
でも。あいつ、甘いもの好きかなあ。どうだろ……。


俺の体温にあたためられて。
お年玉は、ほんのりとぬくかった。





あいたい。(斉藤) 2007年1月8日(月)
わたわたと、あっという間に正月の行事におわれた・・・。

ふぅと溜め息をつく、父上や兄上がいれば俺のすることなぞなかろうと思っていたのが甘かった。


道場に顔を出してもそれは同じ・・・。


鍛錬をおこたりはしなかったが、あちこちで飲まされたせいでさすがに
体がおかしい。

ここ数日の気疲れで思わず俺は口にだして愚痴を言っていたらしい。


本間が妙にいたわる口調で「なぁ山口、真面目すぎるのもいいが。すこしハメはずしたら・・・?」


酔わずに不機嫌なんだそうだ、「なぁ、そろそろ行ってきたら」


は??

「会いたいんだろう、さいとー君はw」

うん、会いたい、すごく会いたい。

もうずっと会ってない。


一目でもと思う。

あぁ、この酒がぬけたら会いに行きたいよ・・・、沖田。




お頭付き。(沖田) 2007年1月3日(水)

「明けまして、おめでとうござい〜〜」

ウチには似つかわしくない華やかな空気が流れたぞ…と思ったら。
伊庭の若旦那のご登場だった。

「よう! 伊庭ァ〜〜!!」

歳さんは手をヒラヒラさせて、お出迎え。
早くも、御屠蘇でほろ酔いなんだ。

「はい。お年賀」
若旦那がそう言って差し出したのは。

「おお!!こりゃ、すげぇなあ、おい」

素っ頓狂な歳さんの声に釣られて、俺も覗き込んでみた。

「…これ。鯛、ですよね……?」
「それも、お頭付きだぜ!!」

「どうぞ。みなさんで召し上がっておくれよ」
にっこりと笑う若旦那。

やっぱり、この人……。
育ちが違うよ。
あらためて、そう思った。
ここまでくると、もはや悔しいとか、そういう気持ちは湧いてこない。



若旦那も俺と同い年。
そして、斉藤も同い年。
1年で1つ、年をとる。

なのに。なんで、こうも違うものか……。
いや!
俺は、年相応だぞ。
絶対に!!




1年の計。(沖田) 2007年1月2日(火)
パン、パン!!

道場内に、柏手の音が響き渡る。

いつもと同じ朝のようでいて、やっぱり違う。
空気が清く澄みわたっているような。
俺の身体の中も、清らかになっていくような。


1年の計は元旦にあり。

俺の今年の目標。
若先生から、3本に1本は取れるようになること!
今でも、時たまなら勝てるけど。
もっともっと、強くなりたい!!


まわりを見渡せば。
みんなそれぞれ、眼が輝いてる。
俺みたいに、新たな目標を胸に、ってところなんだろう。

あれ?
斉藤がいない。
…って。馬鹿か、俺は。
斉藤がここにいるわけないじゃん!
今頃は、きっと向こうの道場で、同じようなことをしている最中だよ。


斉藤の不在を自覚した途端。
急に、寂しくなってきた。

なんで、いないんだよ。
斉藤。寂しいよ……。




百と八つ。(斉藤) 2007年1月1日(月)
ずっとあたりを喧騒と鐘の音がつつむようだった。

年越しの挨拶なりをすませ、まだ年若い俺は床に入りながらぼんやり思う・・・。


煩悩なぞ、一つでたくさんだと。


年も明けようというのに、どこか今までにないねじくれ方をしたらしい俺はなぜか悶々と眠れない。


さいとう・・・か・・。

俺もまだまだ子供かもしれん、沖田のことを笑えんぞ。


って、俺はお前と一緒にいたいな。

それが俺の煩悩か?


俺は沖田の「ここに居座れ」という言葉を思い出して、うーむとうなった。