『呑めない酒』
どっかりと腰掛け襟元を緩めながら、ちらと大鳥の顔を見て 「なぁ、大鳥先生。どうした? しけた面してるぜ」 大鳥は無言だった。人好きのする男でどんな時でも悠々と笑んで語り、大酒を呑む。 そんな男である大鳥が小柄な体がさらに小さく見えてしまうほどに、悄然として無言だった。 「ねぇ土方君、きみ近頃句はどうかね?」唐突に大鳥は小声で土方に尋ねた。 「なんでぇいきなり、あんた、句の話しにわざわざ来たのかよ」 「いやね、わたしはここのところ。全くさっぱりでね。きみはどうなんだろうと、気になったんだよ」 大鳥はらしくないような弱々しい笑みを片頬だけに浮かべた。 「ふっ、サッパリさ。とてもじゃねぇがなぁ・・・。」 そうかと呟くと大鳥はがらりと雰囲気を変えた。 生き生きとすると、途端この男は印象が変わるというほど、劇的な変化だった。 体つきまで変わったように見える。 「なぁ土方君、私は諦めたくはないんだよ、だから君絶対、死ぬなよ」 「今更だな」 「承知してくれ、頼む」 「用件はそれだけか? 大鳥さん」 「ああ、気がすんだよ」 「待て、オレは一言も承知したなんて言ってねぇぞ」 「いいや、君は承知してくれたよ」大鳥はパサリと土方に発句帳を、この男には似つかわしくない乱暴な手つきで渡した。 「おい、あんた勝手に読むなって。何度言いやがればわかるんだ」 「すまないね、君が無用心なんだよ。捨てるなよ土方君、大事なものだろうに」 「おい、あんたこそ今日は変だったぞ」 「あっはっは、いつも私をヘンな野郎だと言うのは君じゃあないか」
「大鳥さん、受け取れ」立ち去っていこうとする男に土方はぶんと酒瓶を投げた。 「ありがとう、いただいていくよ」ひょいと機敏に受け止めて大鳥はうれしげに笑った。 「私はほんとうに、君が好きだよ。」 「オレはあんたみてぇな野郎は大嫌いだぜ。もう来んな」 「また来るよ、君のへたな句が私は好きでね。まぁ私のも誉められたものじゃあないがね」 「嫌味なヤツだなアンタ、相変わらず」 大鳥は愉快そうに朗らかに笑い声をたてた。 「本当のことなんだから、仕方ないよ」 土方も薄く笑った、それは見ようによっては酷く酷薄に見える笑みだったろうが 「なぁ、何人死なせたかしらねぇが、いい加減なれろ。大鳥先生」 「ああ、わかってる。すまない、私はいつも君に甘えてしまうな」 「あんたは部下が可愛いくってしかたねぇから、こんなとこまで来ちまったんだろう。オレとは大違いさ・・・。」 「いいや、君だって今は違うよ。だから君は死ねないよ、そんな簡単にはね」 つかつかと、大鳥は戻ってくると。 「勝手に死ぬなよ、土方」 これは今度と、酒を土方に押し付けるとまた同じ歩調で離れた。 大鳥の去ったあと、苦笑いしながら土方はぱらぱらと句帳を捲った。 ハラリと一ひらの紙片が落ちた。 「ふん、やっぱり嫌味なやろうだ」もっと艶のあるもの書きやがれ、仮にも・・・。 そこまで思考が廻って、土方は笑った、ひどく大鳥らしく感じられたからだった。 色気も素っ気も無い癖にいやに穏やかさを感じさせる句が一句。 学のある大鳥だが実直で鮮やかな句だった。 なァ大鳥さんよ、オレはこんな生き方しかできねぇのさ。だが、あんたは違う。あんたこそ、ほいほい前線に出んなよ。 「素直じゃないなぁ、君は。だが真っ当で清々しい男だ」大鳥は笑いながら土方に言ったことがあった。 絆されたんじゃねぇな・・・、おれのが惚れちまったのさ。ざまァないぜ、このトシ様がよ。ふん・・・。 やれやれ、参ったね上がなれあってちゃしょうもねぇ・・・。 土方は大鳥が残していったのを、あまり呑めもしないのに、どぶどぶと酒器に注ぐとぐいとほした。 「ちきしょう、あんたなんかきれぇだ。旨くもねぇもん呑ませやがって。次にはねぇからな大鳥さんよ」 土方はぐらリと酔いが廻ったまま、くくっと笑い続けた。 チキショウと幾度も呟きながら・・・。