男が一人、喧騒から離れ舐めるように赤い酒を飲んでいた。

源氏のひかる君も、かくやという花の顔〔かんばせ〕に憂いを、浮かべれば、よりいっそうに、その顔は蒼褪めて美しく見る者たちの心に、どこかしら粟立つような何かを思わせる。






「誰を思っている」いつのまにやら近く情人のどこか詰るような微かな声が酒宴の賑わいの中、静かひびくように土方を現実に引き戻した。

「ふっ、知っているくせに。きくのか、めずらしいな。アンタらしくもない」

「たまには、妬くさ。それに、さっきの君は、どうもいけなかった」

土方は呆れたように苦笑を浮かべ、もたれるようにそっと男のかたわら、酔ったふりで。「部屋へ行こう。酒飲んで、醜態さらすのは、いただけねぇしなァ」

「あはは、違うよ。そういう意味じゃない・・・。まぁだが、掴まえておかないと、という儚さでね」さっきの君は、と素直な男らしく続けた。


くつくつと土方は笑いだすと「ばか」と小さくつぶやいて。
声音が甘えるように「あんたに、どんなふうに見えたんだ?」
と、尋ねる。


「うつせみの姫もかくや、あらん」巫山戯たように大仰に男は言って、笑った。


土方は苦笑する。的を射ているから、なのか、とんだ見当違いなのか・・・。


確かに過去の幻惑にとらわれ、て、いた。
その様も、男は言ったのだ。



「うつせみか、ならアンタが源氏か」

「いや、私はまぬけな当て馬サ」いやに洒脱に言う。


「源氏は、君のほうが似合うよ」そう、空蝉の女よりも・・・。













空蝉