白い夜。
白雪が紅くあかく、なおも夥しく流れる血で染まってゆく。
目眩のするような美しい光景だと感ずる己は狂っている、そうと知りながらそれも悪くないと、どこか凍えてしまったよな心が言う。


輝く月あかり、振り返れば慄くようにこちらを見つめる双つの眼とぶつかった。


あぁ、このひとは知らなかったのかと、今更になって気がついて知らず沖田の口元には笑みが浮かんだ。

「土方さん、私、ちかごろ人を斬るとこうなってしまうんです」


沖田は赤く染まった雪に見惚れながら、穏やかに言葉を紡ぐ。
今の己の顔はさしずめ鬼のような相貌なのだろうか、とぼんやり思いながら。


沖田は抜き身の血刀をさげたまま、膝をつくと、くれないに染まった雪をさらりとすくった。


「あぁ、冷たい。なぜこんなに冷たいんでしょうねぇ、燃えるように赤いのに」と、また微笑む。



土方は、やはり動けなかった。
沖田の何かが土方を拒絶していた。

「ねぇ土方さん、私の血もこれほど冷たかったら・・・」

つめたかったら、のあとは言葉にならず冬のしじまに淡く融けた。


駆け寄って抱きしめることも出来ない男は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


ただ冷たい白い夜の話。


2007/01/12



情人。(遠い眼差し)
不思議だ。


こんな時間ながい事、わすれていた気がする。

ずっと沖田は総司は・・・、側にいたのに。


なのに、と歳三は思う。



距離をおいたのは自分なのか、それとも沖田のほうなのか。


ひょいと、ほとんど誰も近付かないような自室を訪れては軽口をたたいてはいくが、沖田のほんとうの姿をわすれていた気がするのはなぜなのだろう。


土方自身が沖田を遠ざけて・・・?


そんなバカな、と自問自答するが。


だが、なぜ?
なぜなのだろう。


あの優しげな眼差しを直視出来なかった・・、のか俺は。と。


だが、ふいに見たいと思った、かつてのままの沖田を・・・。


それ以来、歳三の視線は沖田を追った。


あぁ、かわっていない。

なのに、すべてが変わってしまったような気がした。


沖田の瞳はあいかわらず、いたわるように穏やかで優しかった。
だが、何もかもが違う気もした。


昔はあんなふうに優しいだけのいろあいをしていただろうか。


総司、おめぇ今でも俺が好きか?


なァ、いまでもオレが……。



2007/01/10



あかるい空。
光がすーっとさして、空が明ける。


もう明けることの無いはずの闇だった、ずっとそう思っていたのに。

なんて明るいんだろう。


無我夢中だった、そして楽しかった。信じることが出来たことで充分だった、そう思ったら。


やっぱりあかるい。


こんなに汚れたはずの自身がこんなに、穏やかでいいのかとも思うけれど。


けれど、きっとまだ終わってない。


それが苦しいと思っていたけれど、ほんとうは違う。
違った・・・。

信じてよかった。


空が明るいから。



きっと、いいんだ。

だから生きよう、死ぬのはこわくはないけれど。


生きよう。


最後のさいごまで、きっと生きる。


おれは生きる。


2006/12/28



欲張りなあなた・・・。
紅い、あかい。


綺麗だなと沖田は人を斬るたび思うのだ。

どこかそんな自身をひどく酷薄な、人でないようなモノであるように感じていながら。


いのちの色、ひととはこんなにも美しいのかと。


その赤が沖田をひそかに喜ばせた。



もう、恐ろしくはなかった・・・。


と、そこまで思って。あぁ、おれにはあの人がずっとこわかったのだと・・・。

躊躇いもなく、血の色を愛するアナタ・・・。


けれど、それでもあのひとと、自身のこころはいつも同じ。

ひとえに先生のためだった、そうだよね。



しだが、ときおり気遣うように沖田に接しせつなげな、そうせつなげとしか言えぬような眼差しを向けて、不器用な労わりを・・・。

土方は、沖田のこころに何を・・・。


きっと、こたえなんて。


だって、お互いしってる、と沖田はおもう。


それなのに。


あぁ、欲張りな歳さん・・・、どうして。


どうして、私にはあなたにあげれるもの、なんて・・・、何もないのに。


どうして、アナタは・・・・・・?



赤い命のいろ、私があなたにあげれるのは、それだけ・・・。

だから、あなたの私を見る眼差し・・・、こわいのです。



ねぇ、あなた欲張りだ・・・。


2006/12/26



ずっと、貴方が好きだから。
「私、必ずもう一度、あなたにあいにいきます」

痩せた細い躯、こけた頬・・・。
沖田の面差しは、悲痛なほどに変わって見えた。

それなのに、それでも。
その真摯な瞳と、ほのかに浮かんだあかるげな笑みは昔とかわらない。


土方はその沖田に気圧されるように思わず、そう思わずうめきのような声にならぬような声をもらした。



「そうじ、なぜ・・・ だ?」

「今さら何を言うんです、貴方・・・。」


「私は最後の最後まで、貴方と一緒に。そう言ったじゃあないですか?」

わすれたんですか?


と、いうように呆れたという顔を一瞬その病のせいかひどく青白く見える顔に浮かべたが、次には。

沖田総司は笑顔を見せた、それは土方のよく知っていたはずの輝く幼い日によく見せた笑顔・・・。


(今日は歳三さんなんかに、負けてあげません。私、ずっとつよくなったんですよ、ケド稽古やめるなんて言わないでくださいね)
宗次郎はひどく生意気で、それでいて歳三にはなぜか可愛い子供だった。


こんな沖田の笑顔、忘れていた。


忘れなければ、土方自身がくるしかったのだと、ほんとうに今になって土方歳三は気がついた・・・・・・。

「おれを許してしまうのか・・・。なあ、なんでだ?」


赦さないでくれという様に、土方の声はいきなり劇的に変じたが。その声は必死で無我夢中のせつないような響きだった、が。

「バカだなぁ、歳さん。あなた自分で気がついてなかったの? むかしのあなたと今のあなた、どっこも変わってないのに」

思わず、歳三の声は震えた「そうじっ、じゃあなんでオレをずっと見なかったんだ? ずっとつめてぇような・・・、そんな、そ、んな素振りで」


「貴方が、そう望んでいたからだよ。だから私、いやおれ、がんばったよ。歳さん。けどいったん別れなくっちゃいけないから会いにきてくれたんでしょ? うれしいなぁ、すんごく」

会いたかったというふうに沖田は土方に腕をのばした、どこにこの痩せた腕にこんなにも力強さが残っていたのかと、思うほど。
だが、ぎゅっと力をこめたあと、すぐそれは優しい抱擁に変わる。


「必ず、生きていて。おれも絶対、あなたと一緒に最後まで戦うから、あ、戦うってちょっとヘンだなぁ。おれたちは、えっと・・・。」
そこで、沖田は照れくさげな色をその瞳にのせた。


あんまり久しぶりなんで、すっごくてれくさくって言いづらいや。と言いながら沖田は土方を腕に抱いたまま「次に会うときまで、とっておくね」

「バカ総司、そうじ、なぁオレ泣かせてどうしようっていうんだ」


「えへへ、泣くことなんてないですよ? また会えますからね」

なんで最後は敬語になんだよ、ひでぇな総司。



「あっ、わかっりやす〜、今おこったでしょ? ほら、泣きやんで」

なのに、とうとう土方は沖田の腕の中で泣きくずれた。

「もうっ、ほんとに歳さんてばかわらない」幼子をあやすようにその腕をかすかに揺らし、困ったようなふりをして沖田はその言葉にからかいを滲ませた。


「歳さん、相変わらずすごく可愛いや」ほんと困っちゃったなぁ、と沖田のぼやくような呟きが土方をさらに泣かせた。


(ちゃんと、言うから。またあえた時、だからそれまで待っててね、おれの歳さん・・・。)


2006/12/25



甘い涙。
冷たいね、貴方は・・・。

ひっそりと土方の頬を、優しげな手つきで触れながら沖田はさみしげに言う。

何をと、土方が問うまえにそっと沖田は土方の見開かれた瞳を閉じるかのように、その掌をすっと目元まで持ってくると


「ねぇ、どうしてアナタ泣くの」

沖田の声は、かなしいように穏やかで・・・。

「泣かないでよ」しかし詰るようで。


「泣いて… な、んか…。」

「ウソ、じゃあこれは何?」すっと沖田の指がおりて土方の唇を犯す・・・。

あっ……。


「ねぇ、わかったでしょう。あなた」


蒼褪めたような表情で、それでいてどこまでも口調はあくまで甘く。
あやすように。

「ふふ、ひどいや。もう、あなた俺のこと」


「ち、ちがう・・・」


違わないよ、だからもうこんなことやめましょう。


「やだ、やだ、やだ」

ダメだよ、おれはもうアナタなんていらない。


「総司、嫌だ」


「ごめんね、土方さん。けど、いらないの」


ふふっ、おれはアナタなんてもういらない・・・。


貴方の涙の味は、あまいんだもの。
だから、もうアナタなんていらない。

やさしく土方の涙をぬぐいながら沖田は微笑をうかべた。


さよなら、あなたが好きだったよ。





2006/12/23



アナタの全部が・・・。
「ぎゃあ、ぎゃあわめくんじゃねぇ生娘でもあるめぇし」

相当に、ひどい言い様だ・・・。
これが閨で交わされる言葉であろうか。


無理やりにはだけられつつある胸元を押さえて沖田は、いまさらになって得体の知れない恐怖に、心底怯えた。

覚悟は決めたつもりのはずだった、はずだったのだが・・・、やはり恐いものは恐い。

なんでこの人、おれなんか抱きたいの。混乱の極みで、さきほどから無意識にイヤだのヤメテだのと揉みあうことばかり。

で、とうとう土方がキレた挙げ句の上の暴言である・・・。


土方と沖田はとうにそういう仲なのだったが、立場が逆となれば勝手が違いすぎる。
どうしてもと請われ、いつもとは違う土方の必死な口説きようにうかっり口説き落とされたのだったが、いざ受け身の側となってどうしようもなく……。

こんなにコワイのはなぜなのか、思わず込み上げるものさえある、情けないが沖田は思わず涙を零したのだった。


と、土方の態度が急変した。

ふうと溜め息をつくと、そっとその美しく長い指先で沖田の涙を掬うように拭って「そんなに嫌か、総司」


その瞬間、沖田はなぜかどきりとした。

「なんで…。」

土方は困ったように笑った、それは沖田の知らなかったような土方だった。


「知ってたか? そうじ。俺だってお前の」ふいに土方は沖田を抱き寄せた。

「したが、おめぇはもう俺のもんだしなぁ」

「うん、おれは貴方のものだね」

沖田は土方の腕の中で言う。

「だからお前が、泣くなんざ滅多に見られねぇから今日はやめてやる」

沖田は「今日はなんだ」と笑った。
さっきまでの恐怖は消えていたし、もう次は拒めないかもしれないなと、思いつつも、なぜか可笑しかった。

「ねぇ歳さん、じゃあ今夜は」

くすと土方は笑った。

「このままじゃ風邪ひくな」

「ううん、あったかいよ貴方の腕の中は」

自然ふたりの唇は重なりあった。



2006/12/22



間。(あわい)
清く、ひたすら静謐に。果敢ない炎だ、だがそれは同時に全てを賭けて燃やし尽すかのような激しさを秘めていた……。


そんなふうな男だからこそ、どこか惹かれたのだといまさらに気付いた。それは斎藤にとっては、どこか残酷な真実だった。
近くにありながら沖田は、遠い男だった。


沖田はうっすらと笑む。昔とはちがう悲しいまでに柔らかい微笑だった、どこか斎藤を憐れむかのような。



なぜだ、なぜそんなふうに哂う。問いかけたくとも、何かに堰き止められたかのように言葉が出ては来なかった。

沖田の何かが、斎藤に何も言わせてはくれなかった。


せめて昔のままのお前ならば。

ああ、これが未練なのだと斎藤は悟った。


「斎藤、おれはお前が好きだったよ」

沖田の気性に似つかわしくないような、淋しい声だった。


あぁ、俺もお前が。


だが斎藤はあかるく「はやく病なんてなおせよ。お前さんのような図太いやつが、そんな簡単にくたばるか」

「アハハ、そうだな。だがヘンなもの持って来るなよな。ちかごろ、精がつくとか言ってニンジンやら何やらと皆ウルサイんだよなァ。おれは、そんな弱っちゃいない。まだまだいけるさ」
どこか、おちゃらけた声で沖田は言う・・・。


ほんとうは、二人ともしっている。
そう沖田の命が長くはないことを。


「ズルイな」

斎藤の言葉にかすかに沖田は笑った。

だが、「俺はほんとうにお前を…」

ウン…、思わずと言ったふうに斎藤は答えた。


沖田は先ほどとは、ちがう笑みを浮かべた。
そう昔のままの輝くような。


それでも、これは最後だと思った。
ならばと「俺もアンタが…、沖田」

だが言えなかった。


沖田がふいに悲しげな顔をしたので。


「お前は言ってくれるな。たのむ・・・。」


やっぱり、ずるい男だと思ったが斎藤はわらった・・・。

「沖田。お前だけだ、おれが背中を預けられるのは」

「おれもだよ。」淡々とした声が静かに二人の間に流れた。


それで充分だった。

ふたりはどこか穏やかに微笑みあった。
 


2006/12/21



恋なんて、そんなものだろう。
沖田は斎藤にとって不可思議な男だった。


剣の腕が滅法つよくなければ当然、親しくなりたいような相手ではなかった。
したが沖田は、斎藤に対して出会った頃から非常になれなれしかったので、いつのまにやらそれが当り前で・・・。


なのでこうしてわけのわからぬうちに、こんなことになったのが我乍ら、ひどくおかしかった。

忍び笑いのような笑い声が、思わずもれた。


「なに笑ってんの? 斎藤」

いささか怒ったような声がすぐ耳元でする。

「あんたのことを考えてたんだ」

どうせ、ロクなことじゃないんでしょ。と沖田の素っ気ない言葉に些かしくじったような気持ちになったが、それがまたなぜか可笑しくて、更に笑いが込み上げてくる。


「あーあ、どうすんの続ける? なんか気がそがれちゃうなァ・・・。」

斎藤は笑い声を立てつつも「おれはアンタが好きだな」と。


斎藤の唐突でいまいち要領を得ない口説き文句に一瞬、顔を顰めた沖田だったが、なれたものである。漂々と


「へぇ、そっか気があうねェ。俺もお前のそういう脈絡のなさ気に入ってるよ」


なら、続けるかと問うと「いんや本気で、めんどくさくなっちゃたよ斎藤せんせ」

それはすまなかったな、と斎藤は残念そうでもなく生真面目に返した。


だが、ぐいと襟元をひっぱると沖田は斎藤をひっくり返すようにして押し倒した。

「そういうお前、面白いんだよなァ」


沖田はさも楽しげに宣った。

やっぱり沖田は不可解なやつだ、斎藤は噛み付くように首もとを吸われながら、やはりこういうところが沖田に嵌まってしまっているなと、ぼんやり思った。


まぁ、それも仕方ない。なかば諦めに似た感情とやはり逃れられぬほどに惚れたは自身なのかと、妙に得心した。


恋は、より惚れたほうが負けなのだ。


2006/12/20



情人。(氷雨)
「あ、雨だ・・・。」

パラパラと落ちてくる水滴をぼんやりといったふうに沖田は眺めた。

斎藤のほうは動ぜず「ああ、そうだな」とだけ答える。

「もうこんな時期なのに雨なんですねえ」とのん気に沖田は笑う。


人一人斬ったあとだというのに無邪気なものだ。

沖田は冷たい雨に打たれながら、あぁ今夜はきっと冷えますね。と尚も飄々としていた。

「沖田さん、抜身だ。錆びるぞ」そういうと懐紙を斎藤は渡す……。


「こりゃ、どうも」

「相変わらず、良い腕だな」


すっと血と水滴をぬぐい鞘におさめた沖田を眺めつつ、かすかに斎藤は笑んだ。

「すいませんね、一人でやっちゃって。斎藤さんが抜くと、どうも血生臭くっていけない・・・。」なんでなんでしょうかねぇと、笑顔のままで続ける。


「アンタよりまともなのさ、沖田さん」こちらも薄い笑みを口元にはいたままの穏やかな口調で言った。

ふぅん、と興味無さげに沖田は斎藤を見たまま「せっかくです、このまま、どこぞへしけこみませんか」

沖田の唐突な誘いに斎藤は咽喉の奥で笑った。


「屯所へは、遣いを出しておこう」それが斎藤の答えだった。


2006/12/18



恋心。
土方さん、何してるんですか?


あっ、まずいと沖田が思ったときにはもう遅く声をかけてしまったあとだった。



なので沖田は

「発句ですかぁ〜、ちょうど良い感じですよねー。」

とにっこり笑ってみせる。
なにが良い感じなのやら、ちっともわからなかったのだが。


したが、てれたふうでそれでいて堂々と土方は自作の句を珍しくも沖田にもよみあげた。

ますます沖田には今一つ、よくわからない・・・。


だが、にこりと笑い

「良い句ですねぇ・・・。じつに」

とか、「あ、それにしてもほんとに冷えますね」なぞ、沖田自身もよくはわからない相槌をうつ。


だが土方は沖田がどうのこうのいうよりよほど機嫌が良いらしくかすか目を眇めるふうに笑むと


「おめぇみてえなガキにゃ、こういうのはわかんねえよ」と言うやいなや、側近くあった沖田の手をひっぱって己のほうへ引き込むと楽しげに笑った。



ほんとに何があったのやら、土方はひどく機嫌が良い。


かえって困ったのは沖田のほうだったのだが、そんな沖田の困惑を無視して土方は沖田のその若々しい困り顔を楽しむでなくみつめて


「まってたぜ」と、顔を綻ばせる。


はて、と沖田は思う、そんなに会わない日が続いたようには思っていなかった。


だが、土方が沖田の袖口を掴んで顔を寄せてきたときに気がついた。
あぁ、そうだこんなふうに二人きりなのはひさしぶりだ。


土方はうれしそうに沖田の耳元で囁いた。

「・・・・・・。」


それをきいて沖田のほうも、素直にうれしいと答え微笑んだ。


その沖田の風情に土方のほうも、やはりどうしようもないなと言ったふうに朗らかに笑った。


2006/12/08



愛しい風。
風が吹いてるな、ほんと冷てぇ。


だが俺はおめぇを連れてきちまったなァ。
こんな北の果てでさえ、おめぇを感じるのさ。

総司、俺にどこまでもついていくって。

おめえが言ったんだぞ。


なァ、おめぇをとうとう俺は離せなかった。
だから持ってきちまった。


なァ、まだオレたちは終わっちゃいねぇ。

オレと勝ちゃんとおめえと、それからアイツ等と一緒に見た夢さ。


総司、あんときも笑ってやがって。ただ笑っていやがって。
だからオレはおめえを持って来ちまった。

なァ、こんな冷てぇ風さえ愛しいのはお前が側にいるからだ。


あぁ総司、俺はあの世まで持ってくぞおめぇの笑顔。
それしかおめぇは呉れなかった、だが、じゅうぶんさ。

一言も何も言わねぇで。言わせてもくれねぇで。


なのに笑顔だけくれたんだ、おめぇはよ。なぁ、オレはほんとは泣きたかった。
けど、かっこわりぃしな。


それにお前が笑ってんのにオレが泣けるかよ。


お互い強情っぱりだったなあ。

なぁ、今なら言っていいか?
それとも言うなって、まだ言うのか。


可愛くねぇな、ホントおめえはよ。


だがよ、おめぇと俺はずっと一緒だ。
そいつは、おめえが言ったんだ、忘れんなよ。

オレになぁんにも言わせねぇで、泣かせてもくれねぇで。
ほんとおめぇはひでぇヤツだぜ。


だから総司、おめぇは今でもオレのもんだ。



2006/12/05



これは恋ではない・・・。
「斎藤、土方さんなんて?」


「……なんでもない」

沖田の口調は軽い、だが斎藤はしばし呆然と沖田を見た。


「あ、あんた、どうして・・・」

ちょっと顔をしかめたが次には沖田は笑みを浮かべて

「お前のことは、たいていわかるよ。どうしてだろうね」



「沖田、俺は・・・。」

「斎藤、ここが好きか?」


沖田はごく自然に尋ねる。

ああ、と斎藤はひと言。


「斎藤、お前顔色かわんないし・・・。おまけに土方さんに惚れてると来てる」沖田はあくまで笑顔だ。

「なら、それでいいじゃあないか。おれもお前と大差ないしさ」と続ける。

「沖田、だが俺は・・・。」


言葉が語らなくとも友の目がすべてを語る、だから沖田はなおも微笑む。


「おれのことなら、心配するな。おれは大丈夫だよ」

斎藤が言葉を発するまえに沖田はさえぎるように「大丈夫だ」と笑った。


沖田の笑顔は眩しい。



「お前も大丈夫だ」と、軽やかな笑い声を沖田は立てた。

だが、次の瞬間むせて口元を押さえた。


そんな最中にも沖田の目は斎藤の顔が蒼褪めるのをとらえた。それがどこか、哀しい。
斎藤、悲しむなおれのために・・・。



それに苦しむな斎藤、おれは待っているから。
辛い仕事だ、沖田はこの友の心が本当は人が思うほど揺れ動かぬ岩のようでないのを知っている。

ただ、あの人の為なのだ。



全ては組のため、そう言う土方の非情にさえも沖田の心は彼の人にあった、が・・・。
したがそれでも、せめて己だけはただ友の心を和らげてやりたかった。


だが、慰めの言など必要無いだろう。
もしも、おれがこの友の立場に立たされれば、やはり慰めなぞいっそ、つらくなるだけだろう、と沖田は思う。


だから待っていると言うかわりに「帰ってこいよ、斎藤」と。


そして「大丈夫だ」と沖田は拭った口元にほのかな微笑を浮かべる・・・。




おれの背中を預けられるのはお前だけ、そしてお前にとってのおれもそうだったろ。な、斎藤・・・。

だから帰ってこい、ここへ。


必ず帰って来い。


2006/12/03



(続) 明日の今日。(三)
おれは、あの時ほんとにうれしかった。

けれどそれ以来、歳さんの顔が見られない。


大好きな歳さん、ずっと(おれに兄という人はいなかったけど・・・。)いつもおれをきっと、たいせつに思ってくれてたんだ。

なのに。

それなのに……。

わかっちまったよな気がしたから。


それにきっと、おれ、歳さんのこと兄と慕う以上に思ってた。


けれど、あの人の柔らかくってあたたかい腕の中、そんななかでおれ、変わってしまった・・・。


伊庭の若旦那、浮名流しの二つ名さえ嘘みたいなうれしげで快活な言葉、それでいてやさしくって。
だから、おれきっと、掴まってしまった。もうどうしようもないみたいに。


だから、歳さんとどうやって顔をあわしていいのか・・、わからない。

何か言わなきゃと焦るばっかで・・・。


そんなとき、ふっと思い出す白い可憐な小さな花。


あぁ、知ってたのかもしれない、ほんとうは。
だのに・・・。


あの綺麗で寂しげな花はどこへ行くんだろう・・・。


まだ、おれは歳さんの顔が見れない。

大好きな歳さんの顔がみれない……。


2006/12/01



酒と血煙。
含み笑いしつつ斎藤が言う・・・。

「なァ、沖田さん。なんで今日俺を誘った?」

沖田はお見通しか、と困ったふうでもなく軽く頬あたりをかいて

「人を斬りたくなったんですよ」とことも無げに笑う

物騒なことだと、幽か目の色に興味深かげな色を滲ませて斎藤はひそやかに哂った。

「なら、斬るか」

徳利を傾けながらも、飄々とそんなことを言う。


「そんな都合よく、誰か襲っちゃきませんよ〜。」

「そうかな? そんなこともままあるじゃあないか」としらしらと嘯く。「まぁ、こんな夜だ。したがアンタの無粋なことばも酒の肴さ」


「おやまぁ、ソイツは失敬。無粋とは。私はアナタの酒にゃ、こんなのもオツなものじゃあないかと思いましたがねぇ・・。」

沖田はにこやかに、まぜっかえし。

「なら、飲みましょうか。なぁに、あちらさんがやってきたらめっけもの、そうじゃなきゃ、粋な酔客としゃれてみますか」


なみと注がれたそれを豪快なサマで飲干すと、ぐいっとその口元を拭って沖田は磊落に笑った。


どこか呆れたものだと思いながらも、斎藤も沖田に倣ってまた干した。


沖田さん、あんたが斬りたいなんてなぁ・・・。そんな夜は珍しい。

来るかもしれんぞ、お待ちかねの奴ら。

それも悪くないな、と酔いの機嫌のよさも手伝ってか、斎藤自身も浮き立つよな心地がする。


さて、この酔いが醒めぬうちに。

「出るか、沖田さん。今日は、おあつらえむきだ」

「そうですねぇ。じゃあいっちょ行きますか」


月は細く風はさらりとも音をたてぬ。
あぁ、本当にあつらえたかのような夜だ。


こんな夜には血の臭いこそ、まっとうな何かのような・・・。
外に出た二人の道行に、凪ぐはずもなかった風にふうわり血の馨る気配がした。


確かに悪かないな、こんな夜も…。
斎藤はそう一人ごちる。


2006/11/30