2006/08/31
やわらかな甘さ。

沖田はくすくす笑いながら、深く相手の唇を吸う。

されたほうは、一瞬目を白黒させた・・・。

「何、あわててるんですか〜。」呆れたように総司は笑う。

「でも、あんときゃびっくりしたなァ」とさらにキャラキャラと楽しげに笑っている。


「あんなぁ、こんなときに・・・。」

「明日は我が身、いいじゃあないですか」

今日も隊内粛清があった。

ふふっ、逆らわぬと信じているんですねぇ・・・。
この人でも。


内心を笑顔の下に隠し、沖田はまた口吸いをねだった。
そのままもつれるように組み敷いた。

くすくすと笑いながら、「ねぇ、はじめての時のこと覚えてます?」

すーっと土方の頬が紅く染まっていくのを楽しみながら、沖田はにやにやと「俺あんときゃ、あなたに犯されちゃうのかと。まぁ、似たようもんですけど、ね。」


遠い夏の日、無理やり奪われた童貞である・・・。
似たようなものだろう。確かに。

「そ、それは、おめぇが欲しかったんだ」恥らいつつも怒鳴るように言う土方が可愛いな、と沖田は笑った。

鬼と言われているこの人のこんな姿を知っているのは、今は私だけ。

「ね、土方さん。そんな可愛い顔。もう他の人には絶対、見せちゃダメだからね」

土方ははじめてでは無かったのだろう、と後になって沖田も気付いた。
それに、本気で最初は怖かったのだ。
何も知らなかったから、土方の欲も恋も。

「本気で惚れてたのは、おめぇだけだ」
合格。

責められたのかと、滲みそうになる涙が美しい。

しってるよ、うん。

「おれも、貴方が大好き」

きつく沖田は土方を抱き寄せた。



2006/08/29
情人。(泡沫の恋)

一時の夢のように儚い。


沖田はぐいと土方を引き寄せ、頑是無い子供のようにその肩口あたりに頬をうずめた。
どうしたのだというふうに情人の腕が穏やかに抱き返してくるのを沖田はよりいっそう愛しく悲しく思いながら。

微笑んだ。

泣かぬために・・・。

そして、すいと身を外し土方の顔を心の奥にやき付けるかのような激しさで眺めた。

あぁ、知られてはいけない。

だが睨むかのような沖田の視線に土方は怪訝な顔をする。


なんでもないよ、なんでもないから・・・。
そう言うはずだった口は動かない。


沖田はかわりに貪る激しさで恋人をもとめた。


あと、どれほどの時間、聡いこの人を騙せるだろうかと。
それとももう知られて・・・。

恐怖だった、だがすべて知っていながら土方がおのれを手放さぬつもりなら、それもよい。


全ては朝の光の前では消える泡沫の如き恋なのだから。

卑怯なのはおのれか、相手か。
それでもこれが幼かった自分の恋情のなれの果て。


ふいと昔のままの愛しさで胸がつまる。
だから貴方の前だけでは昔のままのおのれで

ありたい・・・。

自然、沖田の動きは激しさをひそめ優しくなった。


だが、沖田は土方の心が凍りついたのに気がつかなかった。

そして土方も何も言えなかった、すべてを捨ててしまおうとしている若者の心を留め置けるものなぞ、この世に無いのだ。


罪は互いに。

沖田は最後の最後まで、言わぬに違いない。
土方は知っていた。だから余計いとおしい。

沖田にとっては淡き夢のごとし過去も土方にとってはまだ現実だった。

だが、もう遅いだろう。
愛しい男に抱かれながら愉悦の涙でない涙を流した土方を沖田はしらない。



2006/08/28
傾城。

「斎藤、どうしてかわっちゃったの? ねえ、ひどいよ斎藤・・・」

沖田は身勝手なことと自分でも思いながら、男を責めた。だが困惑を隠しもしない男に腹が立って・・・。
涙まで流しながら、責めた。
そうだ、おれは莫迦なことを言っている。


まただ。おれは前にも同じことをした。
そうして・・・。

すがるように沖田はその手を掴み己が頬にあてた。我ながら卑怯だと思いながら。


せめて涙が頬を伝うにまかせて、嘘ではなかったのだと。思った気持ちは本物だった。ずっと、そう思っていた。

だが、俺はあの人に惚れているこいつを想ったのだったと知ってしまった。

愕然とした、もう斎藤はおれしか見なくなった。
よく笑う、年相応に。らしくないほど、おれに優しい。


あぁ、おれは何をしたのだろう。鮮烈に沖田は美しい横顔を思い出した。

伊庭・・・。
淡く柔らかい瞳と、穏やかな口元に浮かぶ微笑・・・。
思い出した、あのとき伊庭八郎は言った。

いいのだと。そしてただ沖田を抱きしめてくれて。


そう伊庭は、ずっと憧れ続け兄のように思って大切にしている人の恋人だったから。

なのに、違ってしまったのだ。

全部、おれがしたことなのに。
なのに彼の人は若い沖田を責めなかった彼だって沖田と同じ年の若者であったのに・・・。そして、ただ悲しげだった。
それからやはり、今のように泣く沖田を慰めるように、静かに泣き止むまで抱きしめてくれていた・・・。


だが、斎藤は違う。

斎藤は知らなかったんだ、知ってたのはずっと歳さんを見ていた俺だけ・・・。

なのに、いまになって。


斎藤、なぁお前知ってたか、お前がどんな目であの人を見ていたか・・・。
知らなかったんだよ、お前。おまえ、しらなかったんだよ・・・。
斎藤、なぁおれどうしたらいい? どうしたらいいんだよっ。
教えてよ、ねえ。

「斎藤、好きだ」

気持ちは嘘ではない・・・。
ただ理不尽と思いつつ、沖田は言った。

「けどそれは今のお前じゃない」

男の顔は見られなかった。
ただ触れていたはずの指先が小さく揺れた。

沖田は涙を流しながら、ひたすら思った。
斎藤・・・。


小さく笑った気配がした。

「それでもいい・・・。」

どうして。

「俺はアンタに惚れているんだ、だからそれでもいい」

「斎藤、お前なんか嫌いだ」

「それでもいいと、俺が言ってもダメか。沖田?」

「斎藤、お前ほんとうにバカなやつ・・・。」

「泣いているのはアンタだろう。ほっておけるものか。それに俺はそんなお前に惚れたんだ」


沖田は斎藤を思わず見た。
・・・。
ひどく寂しげなときのあんたはどうしようもない男だ。
だからだと。

困った男だ、お前さんはと斎藤は笑った。
     
「傾城の美姫もかくやという風情さ」
ふだんのアンタじゃありえんがなと、慣れぬであろう歯の浮くような口説き文句まで付け加えて・・・。

いやに清々しいのが憎たらしくなるような、極上の笑みだった。と、沖田は後に思った。