『蓮妙寺の桜』
「見たかったな、貴方と桜。ずっと咲くんですって、山南さんが言ってました。いろいろなこと教えてくれたんだよ、けどあんまり覚えてないや」と屈託無く、沖田はアハハと笑った。
途端、咳き込んだ。ごほりと血を吐く。
土方の顔がひきつったように歪むのを、一瞬だけ闇い目をした沖田が残酷に見返した。
だが蒼白くなった顔に次の瞬間には穏やかな笑みをのせた。
その血すらぬぐわずに。
戦慄のような恐怖。
オレは憎まれている、いまだ「恋しい、好きだ」という相手から。
だが、土方は震えをこらえた。
「ねぇ、土方さん障子を開けて、虫の声が聞きたい。秋ですねぇ、そろそろ」
「体に障る」しぼり出すように土方は言った・・・。
「お願いします」沖田は真摯な声でなおも言う。
ほんとうに貴方と二人っきりで見たかったんですよ、桜。
貴方が言ったことに俺、わがままなんて言ったことないけど。
ほんとはおれ、山南さんのこと忘れるなんてことないじゃないですか・・・。
あぁ、意地悪してごめんね、歳さん。
だから、もう忘れます・・・。
あなたのことも。
だから許してね、おれ本当にあなたが好きだったよ・・・。
だから、もうこれで終わりにしましょう。
もうここには来ないで。
その前にあなたと最後にやさしい時間が欲しい、ごめんね、歳さん。
「あけて歳さん」沖田は穏やかにねだった。
すっと土方は立った、その後姿を見詰めながら沖田は微笑する。
やっぱりあなた優しい人でした。