夏風情



伊庭八郎、とかく気にいらない。なんもかもが、ハナにつくよ
うな若者だった。沖田にとっては。


 なのに、しょっちゅう現れては目当てであろう人を待つでな
し、にこにこと話しかけてくる。
 もっぱら、たわいのないよな世間話である、が。それがよけ
いに腹もたつのだが、宗次郎自身はこんなに
腹がたつのが、相手にされていないようで、嫌なのだと気付き
たくはないから、ただ気に食わないと、いうことにしている。

「きょうは、歳さん帰りませんよ。たぶん、女の人と一緒だか
ら。若旦那、なぁにしに、そうホイホイ来るのさ!」


 
 今夜も歳三を吉原で茶屋あそびやら、舟遊びやらに誘いに来
たのだろうと思っていたのに。そういったことや
詩歌など風流ごとには、とんと興味のない沖田である。道場で
竹刀をふるっている時が一番に、至福と信じている。
その自分の何が気にかかるのか? こうやって、しょっちゅう
話しかけてくるのだ。


「ほお、そうかえ。歳三さんはあいもかわらず・・・」楽しい
お人だと言いたげに、ますます柔和に笑う。
のわりに、この伊庭の若旦那は歳三のいない道場を離れること
もしないで。
 小半時も話していくのだ、立会いたとも思わければ、話した
いとも思わないから、自然、宗次郎は、
よけいいらいらする。

 いくら、つっけんどんにしても堪えない。
 しまいには、手伝うと言って道場の雑用にまで手を伸ばして
きたのには呆れた。
 たまたま、まわりに誰もいなかったから。
 まあ、いいかというような気になって、まあさせてみれば驚
くことに、なんということはない器用なのか大抵のことは、こ
なしてしまう。


「宗さん、宗さん楽しいねぇ」などと、ことばにフシをつけな
がら、芋を伊庭八郎が洗っている。

 
 なんだか目眩のするような光景だった。
 ああ、はやく誰かかえってきてーー!!!
 あれほど、ふだんは会わせたくないはずの兄貴分にさえ、心
で助けを叫ぶ宗次郎だった。


「ふふっ、今度。土産をたんともってくるよ。そうさね、甘い
異国菓子でも。宗さんにね」

 さらに上機嫌で芋をむき終えると、何かまだあるかと問うてくる。
なにやら脱力したは、宗次郎。

「歳さん、まってるの?」

「いいや。オイラ宗さんが気にいってるノサ」と破顔した。



 伊庭の小天狗はダテじゃないらしい。