上等なお茶。(沖田) 2006年10月30日(月)
いきなりの展開に、俺はちょっと驚いてしまった。
多分、斉藤もだったと思う。


母屋の座敷に上げるよう、若先生に言われた。
お茶は、源さんが運んできてくれた。

俺が慌てて腰を浮かすと、
「いいんだよ。宗次郎の友達だからな」
源さんはニコニコしていた。


友達……。
そうか。俺たちって、友達なのかあ。

剣を競う相手ではあるけど。
2人のつながりを言い表す言葉の1つが、「好敵手」。
そして、あと1つが「友達」。


あらためて思うと。なんか、こそばゆいような。
変な感じ。

斉藤はどう思っているんだろう。
俺たちのこと。
俺と同じことを思ってくれていると嬉しいな。


ああ!
これ。上等のお茶だ。

若先生、源さん。どうもありがとう……。





一言だけ。(斉藤)2006年10月27日(金)
何かを言わなければ、と思ったが。

挨拶以上のことは出てこない・・・。
ひたすら、俺は・・・。


畏まっていた。

なにか、おかしい。


茶の味がわからなぬような・・・。

だが、ひどく穏やかに言われた。

「宗次郎はずいぶん、君をまっていたようだ」と。

なぜかわからないが、俺の言うべき言葉は・・・?


「私もです」とだけ・・・。




お茶のお誘い。(沖田)2006年10月23日(月)
斉藤を見て、歳さんが傷だらけの顔で、ニヤニヤ笑う。
ああもう! してやったりという感じだよ。


「宗次郎。その人は?」

そういえば、若先生は斉藤に会うの初めてだったけ。

俺が手短に紹介すると。
「そうか。君が斉藤くんか……」
そう言って、斉藤をじっと見つめる。

若先生の眼光は鋭い。
斉藤の剣士としての資質を見極めようとしているんだ、きっと。
なんだか、緊張してきた。
斉藤を見ると。やっぱり、彼も固まっている…みたいだ。
いや。実のところ、何を考えているのか分からないんだけど。


「斉藤くん」
若先生が口を開く。
……ドキッ。

「良かったら、茶でも飲んでいきなさい」

……へ?





霊験。(沖田)2006年10月23日(月)
やった!! おみくじのお陰だね。
歳さん、ありがとう。
内心、密かに、快哉を叫ぶ。


嬉しさのあまり、思わず差し出した手。
斉藤は手を引っ込めてしまったので、俺の手は行き場を無くしてしまった。

途端、気恥ずかしくなってしまった。
舞い上がっているのがバレバレだよ!
斉藤。変に思わなかったかな?


ああ。でも嬉しいなあ。





なさけない・・・。(斉藤)2006年10月19日(木)
沖田が、しっかりとした足取りでこちらへ来る。
思わず俺はたじろいだ。すごい勢いだったからだ・・・。
だが来てよかったのだとその時、わかった。
したが沖田という男、本当に会うたびわけがわからない。だが俺はかろうじて挨拶をし、来訪の旨を沖田へそのまま伝えた。
そうしたら沖田は、何ともいえぬような不思議な表情をした・・・。
なんだろう、俺にはわからない。
だが、その表情に俺はますます自身でもわかるほど狼狽した。
そう、うろたえてしまったのだ。われながら、不覚だった。
そうして、俺はかつて一度会ったことのあるいやに華やぎがあるが気配を、すっと消してしまうようなひどく若い男が俺をじっくり見極めるように見ていたことに、気がつかなかった。
その男がひょいと近寄ってくるまで。
そして沖田の「待っていましたよ」という言葉とそれは同時だった。

「良い日になりなすったねえ、歳さんにゃとんだ災難がふりかかりなすったが、宗さんよかったねぇ」と鮮やかに微笑んだ。
俺には、ぽんと肩を叩いて。「ふふっ、そちらさんも」おいらはぁと、名乗ると、さらに沖田のほうへ俺を突き出して、その気障ったらしいが嫌味に見えないしぐさで笑うと。「宗さん、それじゃあ。この次に」と・・・。

なんだったのだ? しかも沖田との距離が・・・。あ、と沖田も困ったような顔をした。
「変な人ですね、初対面なのに」そんなことより、とそのまままた手をひかれそうだったので、思わずひっこめた。「す、すまない」

「いえ、いいんですよぉ、あ、ちょっと待ってくださいね。こっちこそご免なさい。とりあえず中に入ってください」

やっぱり手こそひかれなかったが・・・。そんなふうにして俺はこの道場へ、また足を踏み入れた。ひどく情けないような気がするのは気のせいか・・・。だが、沖田はうれしそうだ、あぁわけがわからない。




困惑。(斉藤)2006年10月18日(水)
俺は半ば、思いあぐねて突っ立っていた・・・。

来たは来たでよいが何事か、あったらしくいやに騒々しいような。
いや確か先にも、この道場はやたらどれもこれも癖のありそうな・・・。

沖田の剣筋のこと、沖田のことばかりでほとんど忘れていたが・・・。

ここまで来ておいていまさらだが。

俺は目をつぶって深く息を吐こうとした・・・。しかし・・・。

えっ!


視線を感じると沖田がいた、そしてもう一人。
誰だ? だが見覚えがある。

俺は吐き出しかけた息と呼び声を出し損ねた・・・。

なんだ?

沖田もその男もいやに俺を見ている。
知らず、思わず俺はただ会釈をしてしまった。






小天狗。(沖田)2006年10月17日(火)
歳さんが帰ってきた。
顔をあちこち腫らして。

見知らぬ男も一緒だ。
口唇のあたりが切れていた。
誰だろう?

「まァた。派手にやらかしたなあ!」
呆れる若先生に、歳さんは、
「…うっせえ」
そっぽを向く。


伊庭の小天狗。

その人は、伊庭八郎だった。
そうか。この人が例の……。

彼の話によると。
俺にはよく分からないけど、色町じゃあよくあることが原因で、喧嘩になってしまったそうな。

「まったく。まともに取り合わなきゃいいのにねえ。綺麗な顔が台無しさァね」

そういう伊庭の顔だって、歳さんから聞いていた以上に綺麗だ。
身のこなしなんて、いなせな感じだし。
こんな人。今まで、俺のそばにはいなかった。


「宗さん」

帰りがけ。伊庭が俺に声を掛けた。
…そ、宗さん?
「今度、手合わせしましょうよ。ねぇ。宗さん」
だから。宗さん、って何なのさ。

あっけに取られる俺にお構いなしに。
「それじゃあ。お邪魔しましたね」
軽い身のこなしで、伊庭は出て行く。

俺は無意識に門まで付いていく。

「おや? あのお人はせんだっての……」

門を出たところで急に立ち止まった伊庭の肩越し。

斉藤がいた。





秋晴れ。(斉藤)2006年10月16日(月)
空が高い…、ひたすら青く澄んでいた。

そんな朝だった。
俺は日課の素振りをしたあと、汗を秋の冷たい水を浴びながらぼんやりと空を見た。

輝く陽光。

あぁ、俺は何故か迷いがふっきれた。


「また、お前と・・・。」

いこう、市ヶ谷へ。


沖田、俺はただお前と会いたい。
理由はそれで十分だ、そうだろう? 沖田・・・。

朝の陽射しを眺めながら、沖田の眼差しと笑みを何故か思った。




待ち人。(沖田)2006年10月15日(日)
寝る前のひととき。
布団に潜り込んだ俺は懐から紙切れを取り出す。

今夜、歳さんはいない。
おおかた岡場所あたりだろう。
それとも。だれか、いい人でもできたんだろうか。
ま。どっちでも、俺には関係ないけどね。

頼りない灯りのもと、ひろげて眺める。
数日前、歳さんからもらったおみくじ。


「待ち人、来たる」

俺にピッタリだという理由。
あの時、はっきりとは言われなかったけど、言わずもがなだよね。

小吉だから、運勢はさほど良くはない。
きっと、大吉だったら、俺に寄越さなかったはず。


他人が引いたおみくじに、どれほどのご利益があるのか、首をひねってしまうけど。
結構、いい加減なところがあるんだ。あの人は。

でも。器用とはいえない心遣いが、嬉しいのはたしかだ。





物思い。(斉藤)2006年10月14日(土)
ふむ、いくら稽古しても。
まだだ、まだ。


沖田、いつになったらお前と仕合えよう?
幾度も幾度も剣筋を思い返しは溜め息が出る。
今のままでは、俺はやつに見合う剣士なのか・・・。

あまりに多彩でそして鋭い沖田の剣・・・。

沖田。

俺は、お前に会いに行ってもよいのか・・・?


俺はひたすらやつを思った。
そうしてふいに、沖田の穏やかな笑みを思い出した。

あっ・・・。

畜生っ、俺はおかしい。




おみくじ。(沖田)2006年10月12日(木)

風、冷たくなってきたなあ……。

夕餉の前のひととき。
縁側に座りこみ、ぼぉ〜〜としている俺。

あ。炊ぐ匂いがする。
ぐぅ〜〜。きゅるるる……。
腹が鳴った。


ご飯を待ち遠しく思いつつ、俺の心の半分は別のことで占められている。
それはもちろん、斉藤のこと。

あれから何日も経っていないのに。早くも会いたくてしかたない。
いっそのこと。また訪ね歩こうか。
う〜〜ん………。


「なァに、悩んでんだ?」

突然、乱暴に肩を叩かれ、たいそうびっくりした。

「と、歳さん。…おかえりなさい」
「ホラ。やるよ」

ひょいと差し出された手のひらには、細長く畳まれた紙。
手にとって、うかがうように見る俺に、歳さんは顎をしゃくって。
「開けてみなって」

うながされるまま開いてみると。
それは、おみくじだった。

「俺が引いたんだけどな。お前にピッタリかと思ってさ」





ばか正直。(斉藤) 2006年10月10日(火)

「もう治ったみたいだな? 山口」

ああ、とただうなずいた。
喋ることがなかったからだ・・・。

「また勝てなかったわりに、気にしてないみたいだけど。」

それにもただ、うなずいた。

いい加減、口を使えと。心配していたらしい友が言った。


「道場で無駄口をたたくのは好かないだけだ。」

「ほんと、わかりやすいな、山口は。ばか正直だ・・・。」本間はからかうように笑った。


数日、痛みでこちらが具合の悪いあいだはおとなしかったのにお節介なことだ。
だが、そんなにわかりやすいのか? 俺は?

ふん、まあいいさ。





同じ気持ち。(沖田) 2006年10月9日(月)

「……あ!」

思わず漏らした素っ頓狂な声。

「どうした、宗次」

怪訝な顔をした歳さんが、俺の顔を覗き込んだ。

門弟部屋で、つつましい夕餉を囲んでいた時だ。
俺は突然、ポカをやらかしたことを思い出したのだ。

「いやさ……。斉藤の道場がどこなのか、聞くの忘れちゃったなあ……なんて」
「なんだ、お前。聞かなかったのか」
「うん。そうなんだよね。あ〜〜あ」

俺は盛大に溜め息をついた。

「ま。そんな気ィ落とすことないさ。また、あっちから来るよ」
「そ、そうかな……?」
「だってよ。お前たち、勝負がまだついていないだろうに」


そうだね。きっと、また斉藤は来てくれる。
仕合いたいのは、彼も同じのはず。
約束を交わしたわけじゃないけれど。
別れ際、斉藤は穏やかに微笑っていた。
あれが、何よりの証しだよね。


「ありがとう。歳さん」





穏やかな空気。(斉藤) 2006年10月7日(土)
ここ数日、物理的なのどの痛みと裏腹に不思議な感慨がふっと自然に思考を行き交いする。


俺自身、不可解なのだが沖田と、別れ際、静かななにかを共有していた気がした・・・。
俺は、おそらく沖田としんから仕合いたいと願った時から、そして再び沖田と会い、剣を交え・・・。


それで、沖田という男にどうしようもなく惹かれている。
らしい・・・。

一人の人として、剣士として。自覚してしまった・・。


そして、あの日、互いに剣で語りあったこと。
そして、微笑みあえるような温かな空気があった。たしかに。


そして俺のことばに、沖田はほっとしたように微笑んでいたことを・・・。おもいだす。

あぁ、また俺は会いたい。
沖田、お前に。


思った以上にのどの痛みはひかなかった・・・。

さすがだな、沖田! 俺は思わずくすと笑ってしまっていた。
誰にも気付かれなかったかな?


最近、俺はよく思い出し笑いをするらしいから・・・。
我乍ら困ったものだ。

悪友どもにからかわれるのはまっぴら、ごめんだ。
それから兄上や姉上に不審な顔をされるのも、正直心地悪かった。
もっと、気をひきしめなければ・・・。

ただ、なぜかずっと俺の気持ちはずーっと凪ぐように穏やかだ、なぜだろう?


したが沖田に会えば、なんとなく答えが見つかりそうな気もする・・・。

沖田、俺はまたお前に会いにいくぞ・・・。




思いがけず。(沖田) 2006年10月2日(月)
その声はかすれていた。
でも、確かに斉藤の口から紡がれた言葉。

力に任せた突きのせいで、気まで失って。
悔しくて、仕方ないだろうに。
目覚めたら、どんな視線を受けるのか。
俺は少し、心配だった。


あまりに思いがけなかったから、内心、とてもうろたえてしまった。
それを隠したくて。

「あ。今。水、持ってきますね」

斉藤の返事も待たずに、そそくさと立ち上がる。


冷たい水を汲んできて、道場の一歩手前まで来た時。
にわかに不安になった。

ゆっくりと道場内を覗き込む。

さっきと同じ場所。
斉藤は身を起こして、こっちを見ていた。

何を不安がっていたのか。
我ながら、おかしかった。