沖田「そうじろうさんとやら」 (斉藤) 2006年8月31日(木)

「歳さん、どうかしたのかえ?」もう一人のほうの若く華奢な雰囲気の男が、男の劇的な変化にからかうように聞いた。

「いやな、なんでもねぇよ。ただなァ、そうじがな」

「おい、アンタあんときゃなあ・・・。アイツもなァ。ガキだけどなあ」

やけにしみじみ、あの審判男は言う。印象はちがっても忘れるものか・・・。
だが、そうじ、そうじ、そうじって誰だ?

ふっと「沖田宗次郎ともうします」明るく響いた沖田の声をふっと思い出した。

ふふっと華奢なまだ若そうな優男が言う

「歳さん、最近あれてなすったね。かわいい弟のようなお人がどこのだれとも知らぬ相手に、うつつを抜かしてまったくのうわのそらじゃ、すねなすってもしかたないかネぇ」

「バッカ、そんなじゃねぇ・・・。」

「まァ、おいらは良いけど。今度おいらも会ってみたいもんさネ、歳さんの大切なそうじろうさんとやらに」

やけに、双方とも華やかに目立つ男たちは勝手に人を無視して話だしている。
思わず、声はかけたがいいが。

どうもこうも毒気を抜かれた、俺は「失礼する」とだけ言ってたちさろうとした・・・。


そこへ、後ろから声がかかった。

「おい、宗次がな。お前に夢中だ」
どういう意味だ?
あっさり2本とられた俺に、沖田が?


その男の審判に腹をたてたことも忘れて、沖田が俺に夢中とはなんなのかと、思わず考えこんでしまった。
そんなかんだで急ぎ早に歩き出した俺には、本間たちの呼び止めるような声も、遠く聞こえた。

沖田・・・。
・・・・・・。




華やかな男たち。(斉藤)2006年8月31日(木)
いい、いらんと断り続けたのだが。

「斉藤、らしくない酔い方しやがって」
と、あんまりに友が笑うので。

「なァ、お前ちょいと
おかしいぜ、最近」そう多くはない呑み仲間たちもそれぞれに似たようなことを・・・。


何もかわってなど。憮然としつつまた、また杯を満たしてしたら。

なんぞのやりとりが、あってついこんな場所へとつれてこられた。

途中、中座すればよい。そう思っていたが。
やはり鼻白んでしまった。


そんなこんなで酔いも手伝いつつ、道場の連中たちとぶらぶらとしていた。

そんなおり、いやに華々しい男が二人。
仲間たちも「ひゅぅ、ありゃすげーぜ、見ろよ」

だが、思わず俺は歯を食いしばった。

「おい」思わず、俺はその一人に声をかけてしまっていた。

喧嘩でも売られたのかと思ったのか、その男は睨みつけてきたのだが・・・。

次の瞬間、破顔した。




イメトレ。(沖田)2006年8月30日(水)
何度試しても、思うようにいかない。


あの時。俺は。
確実に、咽もとを狙っていた。
速さも、鋭さも。充分だったはず。

なのに。あいつは、斉藤は。
俺の竹刀をおのが剣先ですり上げるように払うと、スッと俺の手許に滑り込ませて。
打った。

当たりは、強くはなかった。
歳さんが1本取らなかったのもしょうがない。

だけど。そんなのよりも。
俺の得意の突きが、いともたやすく払われたこと。
それが、ショックだった。

かつて、そんな相手がいただろうか?
相手がすんでのところで避ける時もある。
たとえ払われても、すかさず俺は次の突きを繰り出す。

あんなの。斉藤がはじめてだった。


「…なあ。沖田ァ。俺が相手になろうか?」
平助が、遠慮がちに言う。

「いや。いい」
俺は短く断る。

悪いけど。平助。おまえじゃ、斉藤の代わりにはなれないよ。
…とまでは口に出さずに、俺は一心に竹刀を振るう。


1人、虚空に向かって。
繰り返し、突く。

あの時の斉藤を相手に。




若さ。(斉藤)2006年8月29日(火)

道場の連中は、みな活気あふれ若々しい。

いかにかたいようなココでも、やはりそうだ。
俺に話かけてくるような奇特な男はそう多くは無いが・・・。


今宵はみなで繰り出すらしい。女も買う、そんなところだろう。

誘うのが礼儀らしい、俺はいつも断っているのに律儀にも本間あたりが
声を掛けてきた。


本音は、そんな暇なぞないと言いそうになったのだが・・・。
ふっと、こいつなりの人付き合いベタな俺への気遣いとわかったのでこらえた。

「酒は」俺は、そうただ聞いた・・・。


こいつらは、なんだかんだと育ちがいい・・・。

付き合うぞ、と笑った本間に俺はうなづいた。


ただ、俺は女を抱く気は無かった・・・。

そんな色欲なぞ、俺には無い。





お帰りなさい。(沖田)2006年8月27日(日)
若先生と源さんが出稽古先から帰ってきた。


行き先はいつもの多摩だったけど、今回はちょっと長かった。
なぜなら。稽古代がもっと欲しかったから。

試衛館は、欲目に見ても豊かとは言えない。
はっきり言ってしまうと、貧乏道場だった。
おまけに。原田さんや永倉さんたち居候は、稽古代も払わないし、タダ飯喰らい。
もう。俺の目から見ても、ウチって相当ヤバイよなあって思う。


今回の収穫はどうだったんだろう?
俺は内心ドキドキしながら、若先生の部屋へと行った。
源さんと歳さんもいた。

しばらくは、出稽古の話で盛り上がった。
現金収入は思ったほど上がらす、もっぱら農作物ばかりをもらってきたんだって。
相手がお百姓だから、仕方ないよね。
食糧だって、頂けるだけありがたい。
ただ。源さんが零すには。

「こんなことなら、もっと大人数で行けば良かったよ。持ち帰れずに、だいぶ置いてきちまったからなあ」

わわ。もったいない!


「そういえば、宗次。歳から聞いたんだが、無外流のやつと試合ったんだそうだな。剣のほうは、どんな感じだったんだ?」

どんな試合だったかは歳さんに聞いたそうだけど、先生の問いかけはそんなことじゃない。
思案した挙句。

「強かったです」
それだけ答えた。

「でも、勝ったのはお前さんなんだろう?」
とは、源さん。

「そうだけど。そんなことには関係なく、斉藤は強かったんです」

ああ。やっぱり上手く言い表せないや。
どう感じたのかは、剣を交えた俺にしか分からない。

あの時間は、俺と斉藤の2人だけのものだったんだ。

「…良い剣だったんだな」

微笑む若先生の眼差しを受けて、俺は強く頷いた。

はい。本当に。
めぐり合えたのが幸運なほどに、素晴らしい剣でした。





覚醒。(斉藤)2006年8月26日(土)

「強くなりたいならば、今の無外流を究めよ」父の言葉は重い・・・。
だが、もう俺はあの剣を知ってしまった。

知らずにおれば、俺は父の心に背かずに生きただろう。

しかし。


あの剣こそがまこと今、俺には必要なのやもしれぬ。

荒れている・・・。
そうなのだろうか、本当に。

沖田の剣は一見熱い飛沫のように荒々しくは無かったか?

それでいて、それだけでは無かった。何かがあった、俺にはわからぬ何かが・・・。


そうだ、それだけでは無かったのだ。
剣を振るうあの心も姿も、焼きついてしまった・・・。

荒れてみえるとは、笑止な。

違う、俺は無意識にあの男の剣に魅せられてしまったらしい。


ならば、俺はあの男を忘れてしまうことなど出来はすまい・・・。

捨てねばならぬ、今までのおのれも父の言葉も。
いつか再び、あの男とまみえる為に・・・。

そうでなければ俺は一生、とりつかれた様にあの剣筋を追うだろう。

かならず、勝たねばならぬ。

沖田、俺はお前を追う者だ。





ひぐらし。(沖田)2006年8月25日(金)
ものすごく。
浮かれていたんだと思う。


日暮れどきの道場には、誰もいない。

床板に寝転がる俺の上。
開け放った入り口から流れ込む風が、さわさわと渡っていく。
日中はまだまだ暑くても、陽が傾けば幾分過ごしやすくなってきた。

かーな、かなかなかな……。

蜩の鳴き声は。
切なくて、もの哀しい。
何か、大切なものを忘れてきてしまったような。
それが何なのか、どこに置いてきたのかも思い出せなくて。
胸をかきむしられる。


きっと俺は、浮かれすぎていたんだと思う。

ピタリ、と。
合わさったと思った瞬間。
目の前が急にひらけて。
単調だった景色が、鮮やかな色に変わった。

あまりにも嬉しくて。
斉藤の気持ちなど、俺はこれっぽっちも考えていなかった。


目を閉じた。

風が、昼間の熱を緩やかに吸い取っていく。





未熟。 (斉藤)2006年8月24日(木)
「最近、あれてんなぁ〜! おい、どうした?」本間に言われた。

が、俺は何も言い返せなかった・・・。
自覚していたからだ。

俺は未熟だ。
そして自惚れていたことに気がついてしまった。

慢心なぞせず、ひたすら励んできた。
そう思っていた。


なのに、どうだ。

沖田、あいつはどうなのだろう?


あのくるくるとよく変わる表情、うってかわっての鬼神の如き剣。
そして忘れ難いような必死さとどこか惹きつけられずにおられぬような真剣そのもだった眼差し。

俺は、未熟だ。

あの眼差しが、忘れられず、我をうしなっている。

それが己が剣にすらあらわれてしまっている。


「本間、沖田と仕合った。・・・。勝てなかった。俺はまだまだだな」

ふ、と口元に自嘲の笑みが浮かぶのが自分でもわかった。




はぁ〜〜あ。(沖田)2006年8月23日(水)
斉藤はそれきり振り返らなかった。
だけど、道場の入り口を出る時、ペコリと頭を下げたのが見えた。


「何なんだ。アイツは? 態度悪いぜ!」

永倉さんは憤慨しきりといった感じ。

「まぁまぁ。新八っつあん。なかなか面白ぇ奴だと思うぜ。俺は」

ニヤニヤと愉快そうな原田さん。

俺はといえば。
頭を下げた斉藤の残像を追うように、入り口を眺めていた。


あ〜あ。帰っちゃったなあ。
もっと、闘いたかった。
3本目だって、俺は本気を出したよ。

また仕合をしたい。

その思い、ちゃんとあの人に届いたのだろうか。


う〜〜〜ん。


「宗次」

「なに。土方さん」

「お前。すっげえ嬉しそうにやっていたな」

やっぱり、分かるんだ。歳さん!

「だけど。残念だな。完璧嫌われたな、アイツに」

……ぐっ。
や、やっぱり……?

ガクリ、と項垂れる。


はぁ〜〜あ。




帰り道。(斉藤) 2006年8月22日(火)
悔しかった。
悔しくて、しかたなかった。

ただ、俺はどこか必死だった沖田の眼差しと確信に満ちた彼の言葉。


それから、明るく響いた沖田の笑い声を繰り返し繰り返し思い出していた。

あのとき、惨めさにうちのめされたというのに。
もう二度と会うことはない・・・。


そう思ったはずなのに。

俺はひたすら家路を急ぎながら、繰り返しあの瞳を思った・・・。


必死さを秘めていたような、その眼差し。

もう、会うことはないだろう。


だが、
……きっと俺、またあなたに会います!

その張り詰めた声が耳から離れない。

そして、みじめだと思いつつも。
俺は、俺の剣を素晴らしいと言った沖田の言葉を


信じたい。
とすら思った。

なぜなのだろう?
俺にもわからない・・・。


沖田の声には迷いのひとかけらもないと、どこかで俺は思ってしまっている。

なぜか、足取りが軽くなるのが自分でもわかった。

悔しさも惨めさもほんとうだ。
だが、沖田は・・・。

ああ、わからない。
俺は思った以上に未熟なのかもしれない。





斉藤一。 (沖田) 2006年8月20日(日)


去っていこうとする男に俺は叫んだ。

「待って!!」

『まってください!!!』


男は振り返らない。だが「斉藤さん・・というのですか、あなたと立ち会えて本当にうれしかった。またきっとお会いできるでしょう」
俺は確信を込めて言った。

そうだ名前さえ知っていたら会うことだって容易いに違いない。

俺はおもわず笑ったらしい。
上機嫌な笑い声が自分でもぎょっとするくらい大きく響いたから。


男はかわらず不機嫌そうだ。だが、かまうものか。

(いつかお前にも、わかるんだ。わかるはずだ。あれほど合わさった互いの剣が呼吸が心が・・・。)


「斉藤さん、素晴らしい剣でした。貴方の剣は」ビクリと振り返ることのない肩がゆれた。


いままで俺は眠っていたのかと思うほど、この斉藤と名乗った男の剣は俺の中から熱い奔流を、痺れるような喜びを曳きだしていった。

「今日は有難うございました。斉藤さん・・・。」

斉藤はやはりふりかえらなかった。
それでも俺は言った。

「きっと俺、またあなたに会います!」

決意のように、その気持ちは俺の中にうまれた。




どうせ。(斉藤)2006年8月19日(土)
こういう他流試合のような場合、最後の1本は勝ちを譲るのが慣例だ。

たとえ、俺が勝てたとしても、沖田は手加減して、わざと負けたのだと思うだろう。
真実、俺の力がまさっていたとしても、俺は素直に勝ちを認められないだろう。

それならば。
ここは負けたままにしておいたほうがマシだ。


「いや。結構だ」

きっぱりと俺は言った。

「…そうですか」

残念だな。
沖田が小さく呟くのが、耳に入った。

「あの。でも。また立ち会ってくれませんか?」

悔しいことに。
俺と沖田の差は歴然としている。
自分より弱い俺と何度剣を交えたところで、楽しくも何ともないだろうに。

どこか、必死さを感じる沖田の眼差しを受けて、
俺は自嘲して、口唇を歪める。


「……失礼する」

俺は一礼して、背を向ける。

「おい。君」

振り返ると、道場にいた中の1人が俺を睨んでいる。

「何ですか」

「あのなぁ。普通、名乗るのが礼儀じゃないのか」

「お! いいこと言うねぇ。新八っつあん」

切腹男が手を叩く。

確かに、その男の言い分は正しい。
だけど。本名を名乗るのは嫌だった。
どうせ、もう彼らとは会うことはないのだ。
負けた上に名を覚えられてしまったら、堪ったものじゃない。

「私は………」

偽名って言っても、何て名乗ればいいのやら。

「……さ…斉藤。斉藤一と申します」

とっさに口から出てきたのは、どこにでも転がっているありふれた名だった。





あれ? (沖田)2006年8月18日(金)
かすれるような声で名乗ることを拒む男を見ながら。

あ、と思った。

うーん、この人わかってないのかァ。そっか、どうしよう。
どうやらあのわき立つような喜びだけを感じて我を忘れてしまった、俺とは、ずいぶん違ったらしい。

うーん、困ったかも。

「そうだ、今度私とまた立ち会ってください。よければ二人だけで。」


ここでやってもいいんだけど、たいてい三本目は礼儀として勝ちを譲るものだから。
それだとつまらないし・・・。

それに、この男相手にそんなこと出来ようはずもない。


それほど、俺の体や心はピタリと、この悔しげな雰囲気を纏いつかせたような目の前の男と、合わさってしまっていたから。
そしてそれを感じたのが、どうやら自分だけだったのかと思うとすこし寂しい気もする。

俺の礼儀知らずなようなものいいに、さすがにマズイと思ったのか「宗次」とたしなめる様な歳さんの声も聞こえた。


けど、俺はやっぱり言った。

「私は貴方と、また立ち会いたいのです。できれば承知してくれませんか」

「だから名乗っていただけるとありがたいのですが・・・。」

男はさっきから一言もしゃべらない。

参ったなァ。

「なら続けますか。」

それなら、それもよい。

俺は気をひきしめなおした。




名など。(斉藤)2006年8月17日(木)

面への一撃を、沖田はすんでのところでかわし、
逆に、俺へと突っ込んでくる。

あ。まずい。

思った時は、すでに遅く。
擦れ違いざま、
俺の胴は、沖田の竹刀を受けていた。

「1本!」


しまった………。

がくり、と肩から力が抜けるのが分かった。


ぼんやりと見つめる俺の前で。
沖田は面篭手を外した。


もう、終わりにする気か?
試合は3本勝負。
お前は、まだ2本しか決めてないじゃないか。

どうせ。
残りの1本も、己れが決めるのだから、
やっても無駄だ、とでも思っているのか?

そんなの。
やってみないと分からないじゃないか。

次こそは。
俺が勝つ。


まっすぐに、俺を見つめる沖田。
その眼は、勝利の満足感に輝いている。


畜生……!!


悔しさと怒りが発する体熱で。
汗が、蒸発していく。


「……名など。名乗るほどの者でもないので」


その声は、俺の口から出たとは思えないほど、
掠れていた。




呼吸。(沖田)2006年8月16日(水)
そうだ、それでいい。よそ見なんかするな!!

俺は防戦一方に押されながら、胸中、あふれるようなうれしさを感じていた。



今、俺はひたひたと男の気持ちを感じた。
滾る本能のままひたすらに攻めてくる。

気がついているだろうか、この男は・・・。

いや気がついてはいまい。

だが何て心地よい、強かに呼吸を相手に合わせながら。
俺は体中に漲る流れに身をまかせた。



身が軽い、この男と呼吸を合わせ拍子をとる。
そうしている間、すっかり俺は悔しささえ忘れ果てた・・・。

それほど心地よかった。
次には俺は俺の甲高いような掛け声をきいた、と思った。


「1本!」

はっと目が覚めるような気がした。

ぼんやりしながら俺は、男を見た。
男は自失したように呆然としているように見えた。


俺は一礼すると面紐に手を掛けた。

「沖田君、まだだろう。」歳さんの声が聞こえた。

「いえ、もう終わりです」

あえぐような男の息を聞いた気がした。

「そうですね? 貴方の御名前をお尋ねしたい。先程は大変失礼いたしました。」


俺は生まれてはじめてといってよいほど、幸福だった。
勝ったと思ったからでは無かった。
こんなふうに、ピタリと重なるように伝わってきた相手の動き。
それがこんなに気持ちのよいものだとは知らなかった。
しらなかった……。


だからその男がどう思ったかなんて、思い至る余地など俺の頭にはカケラも無かった。

ただ純粋にうれしいと思うままに、俺はその男を真直ぐに見た。




畜生!!(斉藤) 2006年8月15日(火)
不覚にも、気が逸れた瞬間を狙っての、
強烈な面撃ち。

っツ…ぅ……!!

比喩でなく。
目の前が真っ暗になった。


「1本!」

審判の声が、なんだか遠くで響いている。

確かに。今のは取るだろう。
でも。
さっきの俺の篭手は、なぜ駄目なのだ!?


ああ!
くそっ!!

完璧。
頭に血が上ってしまった。


それからは。
これでもかっていうくらい。
攻めに攻めた。

面、胴、面、篭手、胴……。
沖田に、息つく暇を与えない。

体力なら、自信があるからな。俺は。
このまま一気に押しまくって。
疲れた頃を見計らって、決めてやる。




くっ!!! (沖田) 2006年8月15日(火)

勝った気がしない……。

「ハッァあ。はァ・・・」肩で息をつきながら思わず俺は、唇を噛んでいた。

確かに篭手は浅かった。だが、払われたうえに…。


くっ。
まだ俺は
…。

その男は歳さんの判定に納得がいかなかったらしい。
だが、天然理心流とはそういう流派なのだ。


その男の篭手は如何にも無我夢中という感じだったろう。
ならば、それはまぐれうちにのようなものと做される。

だが、俺は勝った気がしなかった。

何せその男、一瞬気がそがれた。
その隙をついたのだ。
そして一本をとった。

得意の突きじゃあない。
怒りにまかせて思い切り面を打ってしまった。


本当に刹那、腹がたった。
今という時。
は俺とお前だけのモノだろう。だのに・・・。


名すら知ろうと思わなかった相手。


だが、俺はあきらかに打たれた。
悔しい。「負けたくない」
と、心が高鳴る。

次こそはと。

(負けるものか・・・。)
と。




あれ?(斉藤)2006年8月13日(日)
俺は、大上段に構える。
対する沖田は、平星眼。
だが妙な癖があるらしく、剣は右寄りになっている。
それでも、隙は見出せない。


面の奥の沖田の眼が、らんらんと輝いている。
俺もきっと。
同じ眼をしている。

誘うように、剣先を少し揺らしてみる。
が。
沖田は打ち込んでこない。


ふう。
俺はひとつ、大きく息を吐き出す。

「やあ〜〜!!」

俺の打ち込みを、沖田はなんなくかわす。


ああ。やはり。
この男。
できる。

嬉しさに、叫び出したくなる。


刹那。
沖田の突きが繰り出される。

速い!!

夢中で払い、返す刀で沖田の篭手を打つ。

よし!


あれ?
「1本」の判定が下されない。

俺は思わず、審判を睨む。





躍動。(沖田)2006年8月13日(日)
じりと間合いを量りながら、俺の心は躍った。


この男、強い。
自ら仕掛けたいのをこらえるのが惜しい。

だが鮮烈に「勝ちたい」という欲望が俺を襲った。


なぜなら、その男の構えは見惚れるほど美しい立ち姿だった。だから「勝ちたい」
という思いに俺は我をわすれそうになった。こらえ難い気がした。


俺にはわかった、俺と竹刀を交えることをいかにこの男が望んでいたのか・・・。

堪えきれなくなったのか、男が掛け声とともに打ち込んできた。


心が躍る、すんでのところで俺はすいとかわす。

しかし。あぁ、抑えきれない。

俺はこの男を打ちのめしてやりたい。と心底おもった…。
一瞬、何もかもが心からも視界からも消えうせた。


次の瞬間、俺は男の咽もとを容赦なく狙っていた。






いざ!!(斉藤)2006年8月12日(土)
沖田の名乗りに、折り目正しさを感じた。

「道場はこっちですよ」

訪問の目的を見抜かれていたことに、面食らってしまった。
沖田にとって、こういったことは日常茶飯事なんだろう、きっと。


沖田に導かれて、道場に入る。
板敷きに何人か座っていたが、彼らは一斉に俺を見た。

「道場破りだってよ」

後からついてきていた切腹男が、面白げに言った。

「最近、お前、モテるなぁ〜〜」

中の1人が囃す。
沖田はそいつを軽く睨むと。

「ここのところ、多いんですよね。私に試合を申し込む人」

少し困ったように笑った。


「あなた。流派は?」

防具を身につけながら、沖田が問う。

「無外流、だが」

「へえ! つい先日来た人も、確か無外流でしたよ」

「…それは、俺と同じ道場の者だ」

「おや。そうでしたか」

てんで相手にならなかった本間のことなど、名前も憶えていないんだろうな。


竹刀を取り、向き合う。

「3本勝負で良いですか?」

「ああ。構わない」

「土方さん。審判、頼みます」

”土方”と呼ばれた男が、「はいよ」と返事する。


互いに一礼する。
カチン。
合わせた竹刀の先が、軽く音を立てる。

まずは、1本先取だ。

胸が高まる。
緊張感がかえって心地良い。


「始め!」

いざ!!




ファースト‐インプレッション.(沖田) 2006年8月11日(金)

あ?

うーん、あれ知らない顔だなァ。

だが何となく俺は、不思議とソイツに好感を持った。

とにかく何か嬉しそうに見えた。
一見、わかりにくそうな表情だが。

動作がいやにはやっているやつダナと・・・。


ふぅん、そっかあ。
名指しか、うん。悪くない。

丁寧に名乗った、「私が沖田宗次郎と申します」


ソイツはみょうにかしこまった雰囲気を崩さない。
だが隠しきれぬ躍動感のようなものを、俺は感じた。

思わず、興味深くなって嬉しい気持ちになった俺は言った。

「道場はこっちですよ」

いきなりの言葉にめんくらったのか、その男の表情が慌てたふうな気がした。


いっけん落ち着いてみえるその態度や表情からは年がまったくわからない。
だが存外、若いのかもしれないなと俺はますます愉快になった。




ファースト・コンタクト。(斉藤) 2006年8月10日(木)
翌日。
俺は、試衛館への道のりを歩いている。

俺の家と、試衛館のある市ヶ谷はさほど離れていない。
真夏のジリジリ熱い太陽が、頭のてっぺんを焦がすようだ。


だけど。
そんなことは、気にならない。

沖田にまみえるのが、楽しみで仕方なくて。
胸が、躍り出す。



「たのもう!」

道場の入り口で、声を張り上げた。

「んん〜〜? なんだなんだ!!」

騒々しい足音を立てて、まず出てきたのは。

……何だ。この男は。
だらしなく着物の前をはだけて、腹のあたりをポリポリと書いている。

その腹には。
傷跡があった。

これって。切腹、の痕だよなあ……。

俺は思わず、鼻白んでしまった。
むむ……。


「…こちらに。沖田、と申される方がいるとお聞きしたのですが」

「ああ。いるよ。何? 沖田に用かい?」

「はい。実は」

「お〜い。沖田ァ! お前さんに、お客さんだぜ」

途中で、言葉を遮られてしまった。
……何なんだ。この男は。


「え? 誰だろう」

”沖田”が、来た。

この男が、沖田か。


黒目がちの眼が、クルクルと楽しげだ。

本間はああ言ったが。
どう見ても、俺より年下だろう。


これが。
沖田の、第一印象だった。




天狗。 2006年8月10日(木)
近頃じゃあ、俺が容赦無い稽古をつけるもんで。

闇討ちまがいの事もある、なにせ血の気の多い連中も多いんだ。
生意気だ、やっちまえ。

そんなところ。


けど、あながち仕方ないのかもしれない。
俺と同じ年頃のやつで俺より、強い奴なんてここいらにはいやしないもの。


今日、返り討ちにあったやつが捨てゼリフを吐いていきやがった。

「すっかりテングになりやがって。昔はよっく泣いてやがったくせに・・・。」

あーあ、かっこわるいナァ。


そういや、そういうよな二つ名を持つ人がいたっけ。歳さんがやったらめったら気に入りの・・・。
会ったことも無いから興味も無いんだけど。

強いかどうかなんて、実際やってみなきゃわかんないもんだし・・・。


にしても不意打ちだのっていうのは嫌いだなァ。

そんな相手をのしてもつまらないだけだ。

「勝ちゃあいいんだよ」って言う、あの人の言葉もよぎったけれど、俺は嫌だ。


俺は・・・。
俺は好きなんだ、強い相手と真っ向から勝負するのが。

それが俺だ。






内証。(斉藤) 2006年8月9日(水)
はっきり言って。
俺は、ウチの道場で、3番目くらいには強い。
もちろん。同年代の中じゃあ1番だ。
自惚れではない。
道場の誰もが認める事実だ。

かと言って。
それに甘んじて、天狗になってはいない。
日々、鍛錬、精進だ。


俺は。
もっともっと、強くなりたい。


近いうちに、道場一になって。
数年後には、江戸で1番になる。

それくらいの目標を持たねば。
ただ、馴れ合いで稽古するのは堪らない。


強いこと。
それはすなわち、相手に勝つこと。



だから。
”沖田”に、俺は勝たなければならない。


まずは。
試衛館に行かねば。


……父上には、内証にしておこう。
言えば、絶対、反対される。

父上の怒りをかうのは嫌だ。
失望されるのは、もっともっと嫌だ。




俺じゃないよ。(沖田)2006年8月8日(火)
「こちらの道場で、一番強い方と是非に」

一通りいっぺんの挨拶を礼儀正しくしたまだ年若いらしい男、いやまだ男とはいえない感じのやつは不敵に言い放った。

俺は、どっかやっぱりわくわくとした。こういうヤツは楽しい。


しかしその剛毅な若者がすこしかわいそうに思えた。

いきなりやってきたそんな相手に一番つよい者を出すわけがないのに。


大先生のご指名なさったのは、案の定やっぱり俺だった。


勝負はアッサリついた。
向き合った瞬間にわかっていたことだったけど。

すこしやるせない。


(本当にこの道場で一番強いのは俺じゃない、若先生だ。もうすぐ俺は師範代になる。それでも俺はまだまだなんだ。)

もうすでに稽古をつける立場になってはいるけど、俺はまだまだなんだ。


今日の人、ちょっとかわいそうだったな。
と俺は何の気なしに思った。




沖田。(斉藤)2006年8月7日(月)
驚いたことに。

本間が試衛館に他流試合を申し込みに行って来た。
ずっと、「すっげえ、出来るヤツ」のことが、頭から離れなかったから。
俺は内心、本間を見直した。


「道場破りか!」

「へへ。そんな格好良いもんじゃあねえよ」


頭を掻きつつ本間が言うには。

本間は、試衛館で一番強い者と試合がしたい、と申し出た。
(まったく。豪胆というか何というか……。)
そしたら。
道場主から指名された若者が、仕方無いと言った風に進み出て来た。


「で。どうだったのだ?」

「どうもこうも無いさ。3本中、2本はあっと言う間に取られた。最後の1本は勝ちを譲られたがな。武士の情けっていうヤツさ!」

「そんなに、強いのか?」

「ああ。思った以上だ。まだあんなに若いのになぁ。たいしたもんだよ」

「その男。年は、いくつくらいなんだ?」

「多分。…お前とそうは変わらないだろうな」


そうなのか。
俺と同い年くらいなのに、道場一の強さで。
しかも。近隣に勇名が鳴り響くほどの、剣客。


「……名は、何というんだ?」

「あ?ああ。沖田、だ」


「もしかしたら。山口だったら、勝てるかもな。お前、この道場でも抜き出ているから」


そう言った本間の声は、もう、俺の耳には入ってこなかった。


沖田。
沖田。沖田。
試衛館の沖田。



俺の頭の中、その名でいっぱいだった。




子供の安心。(沖田)2006年8月6日(日)
「あれ、どうしたんですか」
仁王様みたいなおっかない形相で、これまた仁王立ちにその人は
門の前に立っていた。


「バカっ、オメェまっすぐけえって来い。勝太だけじゃねぇ、他の皆にも、俺だってなァ」

ぎゃあぎゃあまくしたてながら、ついでにぽかぽかと頭を叩かれ乍、思った。あぁ、なんぼか心配さしたんだろう。

「バカがバカが」と言いながら。
着替えを持ってきてくれたり、なんやかやと世話をやいてくれる。


歳さんはここの正式な門人じゃないけど、入り浸ってることもおおい人だ。

あぁ、心配さしちまった。とすこし申し訳ないよな気がする。


ずっと俺をなんだかんだ言いつつ、実の兄みたいにいろいろしてくれる人なんだ・・・。この人は。


普段なら憎まれ口の一つもたたいてるんだけど、俺の冷え切っていた体に歳さんがもってきてくれたモンはあったかすぎた・・・。


「ごめん・・・。」


歳さんは、困ったやつだというふうに俺を見てあやすみたいに言った。

「いいんだ、おめぇはガキだしな。ただ、あんまし心配かけるな」


そして照れ屋の歳さんは、鼻をこする仕種をしてそっぽをむいた。



俺は若先生も歳さんも、いつのまにやらいついちゃった原田さんとか永倉さんとかも、大好きだ。

試衛館は気持ちのいい、おおらかな道場だ。


俺は悩むことなんてないんだ。……  きっと…。




夕立。(沖田) 2006年8月5日(土)
「そこ脇が甘い。
そんなじゃ打ち込んでくれと言っているようなモンですよ?」

「腰がひけてる、こんな若輩の私に散々言われて悔しくないんですか。」

ばたばたと倒れていく相手に、なにか物足りない・・・。


高弟同士が試合っているのではなく出稽古なのだ。
だが、みょうにむしゃくしゃする気がした・・・。


そのまま戻った、しかし途中雨にふられた。


だが、得体のしれぬいらいらをどしゃ降りの雨が洗い流してくれたのだろうか。

不思議と心が落ち着いて、ずっと突っ立っていた。


ここには時間もなんもかもない気がする。
それが心地よかった。

遠くで雷鳴が鳴っていた。


あぁ、心がやすまるなァ。




負い目。(斉藤)2006年8月4日(金)
強くなれ。

父上の口癖だ。


そんなこと、父上に命じられなくても。

俺は、強くなりたい。



父上は御家人だ。
だけど、元は足軽だった。
金で、御家人株を買ったのだ。

武士らしくありたい。
父上はそう己れを厳しく律する。
そして、息子にも同じく。

武士らしくあれ。強くなれ。


父上は、自分に負い目があるのだ。
今の地位を、金の力で手に入れたということに。




兄のような人。(沖田)2006年8月3日(木)
「宗次っ、やっぱり此処か?」


呼びかけられて振り向くと、歳さんがいた。
いかにも困ったヤツだというふうに

「おい、悩むなよ。おめぇが悩んだってロクなことねえんだからな」

「ひどいですね、可愛い弟分に」わざとむくれてこたえた。


ここはよっく俺が、一人で素振りとかしている場所だ。
ちょっと山の中で、森の中にあけた場所になっている。
捨て社らしい、古い祠がある。

昔、まだこの人に散々負けて大泣きしていたころから、よく来ている場所だ。


いつのまに知ったのか、歳さんはときたま現れては稽古をつけてくれたり。子供の俺にいろんな話をしてくれた。


「何か、俺。悩んでるふうに見えます?」


歳さんはちょっと笑って
「宗次、おめーは強いよ」

と、言った。


「さっきと、ちょっと違いますよ。」

「ばーか、おめえがしょうもないこと、考えてそうだからだ。優しいオレ様に感謝しやがれ!!」

そう言って、歳さんは俺の頭をこづいた。


俺は笑った。




強くなりたいならば。(斉藤)2006年8月3日(木)
夕餉のあと。
父上に訊いてみた。

「父上。試衛館、という剣術道場をご存知ですか?」

「…いや。知らんな。どこにあるのだ?」
「道場の者の話によると、市ヶ谷だとか……」
「一。まさか、そこに行ってみたいなどと言う気ではなかろうな?」
「いいえ」
「そうか。ならば良いが。他の流儀も修めようなぞと思うなよ。剣筋に雑多なものが混じって、ろくなことにはならん」
「はい」

「強くなりたいならば、今の無外流を究めよ」
「はい。父上」


試衛館という無名の道場に、噂になるほど腕の立つ者がいる。

父上には言い出せなかった。




強いかなぁ・・・。(沖田)2006年8月1日(火)
近頃、やたらと試合の申込みやら道場破りまがいのことが多い。
皆に言わせると俺の所為、もとい「宗次のおかげ」らしい。


なら良いけど・・・。

さっきも言われた。
どだい誉めてるようには聞こえなかったですけど。


だいいち、俺は他のことに頭がいかないし。
でも意地っ張りなあの人が俺を真っ向から誉めるなんていうのは・・・。

うーん、若先生のお役に立てれば。
それでいいんだけど。


俺自身は道場に立ってるときは、ほんとうに何も考えずにいるから。
ただ、竹刀を握っているときは好きだ。すごく・・・。

けど俺はそんなに強くなってるんだろうか。


確かに俺は若先生にも歳さんにも、そんなに負けなくなった。
他の皆にも。

けれど、もっとって。
よくわからないけど、思うんだ。


俺は、ほんとうに強いのだろうか。




特ダネ。(斉藤)2006年8月1日(火)
「なぁ。山口。知っているか?」

稽古のあと、帰り支度をしていると、本間が話しかけてきた。
この男がこういう喋り方をするのは、たいてい特ダネを掴んできて誰かに聞かせたくて堪らない時だ。
だが。結局、たいした内容でない場合がほとんどなのだが。

「…なんだ?」

俺は防具をまとめる手を止めずに、やつの顔を見もせずに訊いた。
本間は不満げに鼻を鳴らす。

「試衛館という道場にさ」

そこで、もったいぶって言葉を切る。
内心、不快に思いながらも、渋々先を促す。

「ああ」
「すっげえ、出来るヤツがいるんだってよ!」
「…へぇ……」

それがどうした。
第一。
試衛館なんて道場、聞いたこともない。




ごあいさつ。2006年8月1日(火)
なりきり交換日記、初めてさせていただくことになりました。
最初は、「空中廃園」の蒼生が斉藤で、「仇花(アダバナ)」のはるひが沖田を書きます。(途中で入れ替わります。)
いろいろ試行錯誤も多そうですが、精一杯楽しんで書きますので。
皆様にも、楽しんでいただければ幸いです。
これから(期間未定ですが)、よろしくお願いいたしますねww
それでは。はじまり、はじまり〜〜**