春のひだまりの様に。


春のように、そのぬくもりは穏やかで優しい。
つながれた手、穏やかな寝息。

あぁ、もうきっと今生では会えないのだ。

「会いにきてくれしい」そういった沖田。

さびしいか、無念かとそう訊ねることも出来なかった・・・。
沖田の瞳は追いつけぬと思うほど遠かった。
これほどに近くにあってさえ。


遠かった、今の沖田は。
かつての沖田は夏のように峻烈で笑顔でいつもその本質を隠しながらも烈しかったのに。


土方は思った。

あぁつれて逝きたかった、あの世までも。
生の先があるなら、また会いたかった。


だがもう、きっと二度とは会えない。

最後の最後の沖田のやさしい伊吹。
それだけを胸にしまって別れよう。



土方の思いを知ってか、最後に会った沖田はひたすらにやさしい春の陽のようだった・・・。

そう思ったとき、土方の目からどっと涙が零れた。


ただかつての恋人の肌の温かさは・・・、静かで穏やかだ。
それが感傷と知ってはいても土方にはやはり哀しかった。


そしてただ愛しかった。


春の雪


「あぁ、やけに今朝冷えたとおもったら雪ですねぇ。以外と風流なもんだなぁ・・・、こう降るそばから消えちまう雪ってのは」

ぽそりと沖田は言うと刀を構えたまま、ぼんやり微笑う・・・。


「おい、捕獲だ。捕獲、殺るんじゃねぇぞ」

「って、土方さん副長のあなたがどうしてこんな場面に遭ってるんだか、つけてこないでくださいよ〜。皆さん怖がるんですからぁ」


かすかに土方歳三、てれた風情だった。
したがわかるのは沖田だけ・・・。



(はぁ、私の側にいたいってところですか? いじらしいかもしれないけど、ねぇ・・・。副長がいたんじゃ、皆も緊張してかえって危ないじゃないですか、もうっ。帰ったらおしおきですからね)


「はい、皆さんいっちょいきますか〜。気ひきしめてくださいね」


春の淡い雪が舞う中、沖田総司はその雪のように軽やかに動いた。


ふふっ、ほんとに綺麗だ。

淡い雪に散った紅い華のような血を見て、沖田はまた微笑んだ。



月夜の花


皓々とあかるく白い月があたりを照らしている。

ひらり、ふうわりと散る夜桜に男は一瞬すべてを忘れ魅入られた・・・。


ひっそりと影のように、その男のそばに優しいかいながあった。


「あぁ、そんなふうにならないで、私の側にいてください。ねぇ、お願い・・・。」

沖田はひきこむように優しくその腕を土方へのばした。


「ねぇ今は、今は私を見て・・・。」沖田の声は桜花のように柔らかく、土方をつつんだ。


知らず、土方は涙した・・・。


柔らかく静かに散るさくら・・・。おのれを抱く腕の持ち主も、土方にとって、そんな男なのかも知れなかった。


「きれぇなんだ、なぁ総司・・・。きれいだ。」

ええ、と静かな沖田の応えはやはり散り逝く花のように哀しかった・・・。



花盛り。


「ねぇ歳さん、春を見に行きましょうよ」


道場の雑用を終えた宗次郎は、さらという・・・。

どこか無邪気な中にも婀娜な雰囲気で。


ねぇ、若旦那と行ったのでしょ。

「そうですねぇ上野あたりじゃ花も盛りだそうじゃないですか」


「おめぇ、言ってる意味わかってねぇだろ」どこか拗ねたよに歳三がいえば、


「ばかなこと言わないでよ、歳さん。もうわかってるんだから」


それとも、俺に妬かせたかったの?

無邪気な口調だが目は笑ってない沖田だった。



「おめぇは、どんなふうに俺をしてぇんだ・・・。」どこか幼子のように歳三は言った。

「しってるくせに」


「俺は、もうイヤだぜ・・・、おめぇの気まぐれは」


沖田のこたえは淡白だったが、どこか熱をおびて「ねぇ、花の盛りに欲しいひとは、貴方だけ・・・。」


土方はいっそ、沖田の若いしなやかな言葉が憎いようにすら感じた。

貴方だけ、という言葉に心の奥までおかされたような気になってしまう自身すら、歳三にはどこか悔しい。


だが、憎まれ口のひとつも出てこずに


「あぁ、俺も花がみてぇ・・・。」


にこりと、無邪気に沖田はわらった。

じゃあ行きましょうね、と言いながら・・・。



花かんばせ


二人、花の郭で差し向かいに夕の月を肴に女もあげず、のんでいる。

春の夜の花の馨しさと、むせるような白粉の匂い・・・。


思わず知らず、その香りを心底愉しむよな男の風情に歳三はうっかり、弱いことも手伝ってか酒にむせ・・・。


その男は、おやというよに顔をのぞきこんでくる。

「歳さん、大丈夫かい。あんまりお過ごしなさると帰りたくっとも、足がふらついて帰れねェってことにならないかねぇ。それとも今夜は女をということで・・・。」


伊庭はからりと笑っていう。

「おいらに抱かれてくれるなら、いざしらず可愛いお人がお待ちでござんしょ、ねぇ」くふふと含み笑うと、年相応の悪戯ぽい笑顔がのぞいて、先までのあやしいまでの風情の美しさは消えた。
したがやはり花のよに美しい笑顔だと、歳三は思った。


春の宵、このままこの年若い男の馨しさに酔ってみたいと、酔えもせぬ酒を言い訳にどこか思うが、やはり可愛い情人の悋気がこわいよな歳三だった。


春爛漫。


うっぎゃぁ〜っ!!


ああ、またかと斎藤は思わず刀の手入れの手をやすめて思わず口元を綻ばせた。

沖田と一番隊の隊士たちは仲がよい。


叫んだのは、おそらく沖田のくだらないが容赦のないバカバカらしい悪戯をしかけられた誰かだろう。


かくゆう斎藤自身も沖田にはさんざんふりまわされまくったのだ。


あの稚気を残した男は、ときに素っ頓狂な悪戯をしては斎藤を苦笑いさせるのだが、どこか春の陽気に誘われてか、斎藤はくくっ、と思いだし笑いする。


じつは、呆れるばかりの沖田の稚気が斎藤を和ませてしまうのだが、それに彼自身は気がついていない。


口元に一瞬、浮かんだ笑みだけが斎藤のそんな心を知っていた。



春のあかるい陽射しがさしこむ部屋で打ち粉をふりながら、斎藤はどこか、らしくもなく「あぁ春なのだなぁ」と感慨ぶかげに一人、またくすりと笑った。


にぎやかしい隊士たちに雑じって、沖田のふざけた笑い声が響く中で・・・。