逆 光 
「なぁ、歳。芹沢、斬っちまおうや」

 武骨な顔に、ニカッと人懐っこい笑み。
 いつも土方を魅了して止まないその表情のまま、近藤はサラリと言ってのけた。




 本庄宿の往来で、近藤が芹沢に土下座した一件。あれ以来、土方は芹沢を憎んでいた。
 ーーよくも、勇さんを虚仮にしやがったな。この恨み、何百倍にもして返してやる。今に見ていろ!!
 錐のように鋭い怒り。土方はその一念に凝り固まっていた。
 だがしかし。当の近藤はといえば、どこ吹く風。あくまでも、表面上は穏やかな様子を保っていた。


「なあに。芹沢さんには、いて貰わなくちゃ困るからな」
「勇さん。あんたは甘ぇよ」
 詰め寄る土方を、近藤は余裕でいなす。この幼馴染みの心中を図りかねるのが、余計にもどかしくて。居ても立ってもいられない毎日を、土方は過ごしていた。
 商家への度重なる押し借りには、ほとほと手を焼いていた。会津藩お預かりとなって、これからという大事な時である。これ以上、評判を落とすわけにはいかなかった。
「だがな。歳よ。会津藩との間を取り持ってくれたのは、芹沢さんの兄上だからな。あの人には、感謝しなくちゃならん」
「それとこれとは、別だろうが!」
 土方の焦燥は日々、増していく一方だった。


 そんな中。ある事件が起きた。
 菱屋の妾のお梅が返済を迫りに屯所に訪れたのを、芹沢は手篭めにしてしまったのだ。それだけなら、「お梅、哀れ」で終わるところだったのだが。
 その後も、お梅は足繁く芹沢の許に通うようになった。あろうことか、情婦となってしまったのだ。
 ーーなんと、呆れた女だ。そも、女とは、ああいうものなのか。薄気味悪い……。
 昼日中から八木邸の門へと入って行くお梅を、向かいの前川邸の庭先から、歳三は唾棄したい気持ちで睨んだ。
「あの女。お前に似ていると思わんか?」
 一緒にいた近藤が、土方の耳許に囁いた。
「…なっ……。冗談じゃねぇ!! どこが似ているってんだよ」
「色っぽい流し目とか、な」
「や、止めてくれ」
 近藤は含み笑いを漏らすと、土方の肩を抱いて、居室へと戻った。


 「その様子じゃあ。歳。お前、全然気付いていねぇんだな。……芹沢さんは、お前に気があるのさ」
「な、何ぃ〜〜!?」
 あまりの嫌悪感に、土方は身震いした。
「お前がてんで気が無ぇもんだから。少しでも似たところのあるお梅が現れたのを良いことに、思わずモノにしてしまったのよ」
 近藤は肩を揺らして、クックッと笑った。
「お前は、誰にも遣らぬよ。歳」
 土方の胸元に手を差し入れて、近藤は独りごちる。
「俺のものだからな……」
 愛撫に陶然となりつつも、歪められた近藤の口許から眼が離せなかった。


 土方が思うに。
 芹沢は、土方と近藤の関係に気付いていたはずだ。そして。自分に土方を譲るよう、近藤に持ちかけたのだろう。
 例の、粗野で意気丈高な態度で。
 それに対して、近藤はどう返したのだろう……。
 もちろん、きっぱりと断ったのだろう。
 そうだ。そうに決まっている。




 身支度を整えながら、何気無い調子で発された近藤の言葉。
 土方は思わず、帯を締めていた手を止めた。
「殺るのか、勇さん」
「そうだ」
 頷いた顔からは、もう笑みが消えていた。
「……だけど。良いのか?」
 ーー俺が今まで散々言ったって。あんた、渋っていたじゃないか。
「ああ。良いのさ。だって。このままじゃあ、いかんだろ?」
「確かにな……」
「なんだ、歳。お前だって、そう思っているんだろうに」
 近藤は怪訝そうに、土方の顔を覗き込んだ。
「もちろん」
「だろ?」
 ーーまただ……。
 歪められた口唇。
「もう、我々には要らないんだよ。あの男は」
 そっと、土方は近藤の口許から目を逸らした。
「歳」
 近藤はそう呼ぶと、土方の肩を抱き寄せた。
「俺たちは、これからだ」
「勇さん」
「俺が局長で、お前が副長。2人で、もっともっと大きくしていこう。……な。歳」
「ああ。ああ。そうだな、勇さん」
 縛りつけるような近藤の腕。
 今。この瞬間も、哂っているのだろうか?
「俺を、援けてくれ」


 長い付き合いの土方でさえ、始めて見た近藤の表情。
 その奥にある真意は、分からない。
 それに。近藤の心変わりの理由。それも、分からない。
 そんなことは、分からなくても構わない。
 要は。芹沢を斬ること。そして。近藤がその気になってくれさえすれば、良いのだ。
 どうやって、芹沢一派を粛清するか。
 今は、それだけを考えることだ。


 これから少し経て。
 芹沢一派は、大和屋の土蔵に大砲を撃ち込むという暴挙に出た。
 そして、ついに。会津藩から、粛清の密命が下された。
 黒谷から帰営した近藤を、土方は出迎えた。
「やるぞ。歳」
 哂いを刻んだ口唇。それを見つめたまま、土方は頷いた。
 きっと。今。自分の口唇も、同じように歪んでいるのだろう。

 それで、良いのだ。


 <了>




『空中廃園』様で、5000番踏ませていただいたときに、いただいた近土です!!
凄みのあるかっこいいお二人です**
蒼生様、ありがとうございました。