ある晴れた日に
--------------------------------------------------

「土方、写真を撮りに行かないか?」
 その日の昼前、部屋を訪ねてきた大鳥が言った。
「写真?」
 机に地図を広げていた土方が、顔を上げる。
「ああ。一緒に撮ったのってなかっただろ? だからさ」
 珍しくはにかむような表情を浮かべて大鳥は言う。そう言えばそうだったなと土方は思った。
 松前から五稜郭に帰ってきた後、一人の写真は撮ったが、大鳥とは撮ったことがない。
「ほら、今日は天気も良いし」
 大鳥が窓の外を指差す。陽光を浴びてきらきらと輝く軒先の氷柱の向こうに、真っ青な空が広がっている。
「撮影日和だな」
 空を見上げて土方が呟いた。
「だろ?」
 大鳥が嬉しそうな顔になる。釣られて土方も笑顔になった。
「そうだな。いいよ、行こう」
 地図を畳んで立ち上がる。
「大鳥さん、支度は?」
 振り返ると、大鳥はすでに外套を片腕に掛けている。
「持って来てるのか。用意がいいな」
 土方は自分も外套を取りに行く。
 襟巻を首に掛けながら、大鳥の後について廊下に出る。するとそこへ田村銀之助が通りかかった。
「せっ、先生っ……」
 なぜか田村の顔が青ざめる。
「銀?」
 土方が怪訝そうな顔をする。田村は手に提げていた風呂敷包みをぎゅっと胸に抱き、怯えたように後ずさった。
「ここここれは違うんですっ。わわわ私は何も知らなかったんですっ。総裁に言われた通りにしただけなんですっ」
「はあ? おい、銀……」
「すみません先生ーーーっ!!」
 振り絞るように叫ぶなり、田村はそのまま廊下を駆け出していってしまった。
「……何なんだ、あいつ」
 土方は呆気に取られて見送る。
「やけに怯えてたな。土方、何か言ったのか?」
 大鳥も首をかしげる。
「言わねえよ」
 土方はムッとして言い返す。だが確かに田村の様子は尋常ではない。
「あいつ、総裁が何とかって言ってたな」
「ああ」
 大鳥が頷く。土方は眉をひそめた。
「気になるな。大鳥さん、ちょっと待っててくれ。行ってくる」
 襟巻を外しながら、土方は田村が走り去った方へ足早に歩き出した。





「タロさ〜ん、ほら見て見て、届いたよー」
 風呂敷包みをぶんぶん振り回しながら、榎本が勢いよく扉を開けた。
「ああ、早かったですね」
 机に向かっていた松平がペンを片手に振り向く。
「うん。今日出来上がるって言ってたからさ、朝一で田村くんに写場まで取りに行ってもらった」
「田村くんに?」
 松平がペンを置いて眉を寄せる。
「大丈夫ですか? 土方さんにばれるんじゃ……」
「平気平気。土方くんには絶対に見つかっちゃだめだよって言っといたからさ〜」
「………………」
  それはかえって逆効果ではないかと松平は思ったが、とりあえず言わないでおく。
「それよりさあ、そっちはどう? うまく書けそうかい?」
「任せてください。ばっちりです」
 松平は不敵な笑みを浮かべ、ペンで何やら書き付けていた紙を差し出した。
「おおー!!」
 手に取った榎本が感嘆する。
「すごいよ、タロさん。土方くんの字そっくり!!」
「でしょう? ずいぶん練習しましたからね」
 松平は得意そうに胸を張る。
 紙一面に書かれているのは、「土方歳三」という署名。
「これをこの写真に書けば、倍の値段で売れるね。タロさん頭良い〜」
 榎本は風呂敷包みをほどく。中には土方の肖像写真がぎっしり詰まっていた。
「誰々さんへって一筆添えれば三倍でもいけますよ。ボロ儲けです」
「だよねー。笑いが止まらないよねー。あははは」
「ですよねー。ははははは」
 二人は机を叩いて笑い転げる。
「なーるほど、そういうことか」
 突然背後で冷たい声がした。
「え?」
 笑顔を凍り付かせた二人が振り返る。いつの間にか開いた戸口に土方が立っていた。傍らには、土方以上に怒りの表情を浮かべた大鳥の姿が。
「ひひひひ土方さん」
「おおおお大鳥くん」
 身の危険を感じた松平と榎本は、互いを盾にしあいつつ壁際まで後退する。
「どうする、土方?」
 冷ややかに腕を組んだ大鳥が、眉を上げて土方を見た。





「まったく油断も隙もあったもんじゃない」
 土方の部屋に戻ってきた大鳥は、榎本から没収した写真の包みを机に置いた。
 土方が包みを開いて何枚か取り出し、机の上に放る。どれも同じ土方の写真である。
「全部自分って、何だか気味が悪いな」
「そうかー? お前が要らないなら俺が貰っとく」
「………………」
 嬉々として風呂敷を包み直す大鳥を横目で眺め、土方は抜き取った一枚を目の上にかざした。
「これさあ、この前俺が市街の写場で撮ったのと同じ写真だよな」
「そうだな。原板が写場に残っていたんだろう」
「原板?」
「ガラス写真にする玻璃板のことさ。あれがあれば何枚でも紙写しができる」
「ふうん」
 土方は写真を置いた。
「そう言えば、あんたも写真をやってたんだっけ」
「ああ、ずいぶん前の話だけどな。今の写真とは違うよ」
「違うのか?」
 椅子に座って土方が首をかしげる。
「今の写真はガラスや紙に写すだろ? そうじゃなくて、銀の板に写すやり方なんだ」
「ああ、銀板写真」
「そうそう。見たことあるだろ?」
 大鳥も椅子に腰掛け、風呂敷包みを脇にどかして筆を手に取った。
「ダギュールタイプっていうんだけど、まずこういうふうに銀の板を作って……」
 畳んだ地図の裏にさらさらと図を描きながら、大鳥は説明を始める。
 暗箱だのヨードだの水銀だの、耳慣れない単語が次々に大鳥の口から飛び出してくる。
 さっぱり解らねえと思いながらも、土方は魅せられたように、夢中で喋り続ける大鳥の口元を見つめ、器用に筆を操る指先を見つめた。
「…………というのが俺が昔やった方法なんだけど……土方、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
 土方はうっとりと言う。
「良い声だな」
「阿呆」
 大鳥が呆れて筆を置く。
「あんたってやっぱり妙な男だよなあ」
 頬杖をついて土方が笑う。
「悪かったな」
「そうじゃなくて」
 土方は大鳥が描いた図を手に取る。
「本当に好きなんだな、こういうのが。俺には訳がわからねえけど」
「一度見ればわかるさ。やってみせようか?」
 大鳥が目を輝かせる。
「いい」
 土方は苦笑した。
「俺は理屈にはあんまり興味がないんだ。写真なんてやつは、ちゃんと本物通りに写って、それが消えずに残ればそれでいいのさ」
 机の上に一枚残った自分の写真を、大鳥の胸元に押し込む。
「残るんだろ? ずっと」
 大鳥の目を見つめた。
「ああ、残る」
 大鳥が見つめ返す。
「何年でも、何十年でも」
「俺がいなくなった後も?」
 囁くように土方が訊く。
「そうだ。お前も俺も、皆いなくなった後も、ずっと」
「なら、それでいい」
 満足そうに土方は笑った。
「出かけよう、大鳥さん。写真を撮るんだろ?」
 立ち上がり、外套を肩に羽織る。
「ついでにその原板とやらを取り返してこよう。これ以上その写真が増えちゃかなわないからな」
 大鳥の返事を待たず、土方は外套の裾を翻して部屋を出ていく。
 大鳥は胸元に差し込まれた写真を取り出して眺めた。小さな紙に写った土方は、微かに笑っているようにも見えた。
 写真を懐にしまい直し、大鳥は立ち上がって土方の後を追った。


【終】



※「フタリシズカ」様にて、5000HITのキリ番踏ませていただきましたー!! またまた素晴らしいお話書いてもらってしまいました〜!!!
少年のように無邪気な大鳥さんとが、とっても好きです〜!!
ほのぼのな五稜郭の皆さんに、それから土方さんもかっこいいです!! 卯の花様のお二人は、せつの理想のようなお二人です☆
卯の花様、本当にありがとうございました!!!